有名度
前頭市野々王子
いちののおおじ
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町市野々1993
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町市野々1993

KMR(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
かんたんご利益
- 仕事
市野々王子には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」 「不明(2柱)」
です。他に 「金山系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
市野々王子は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町に鎮座する神社。御祭神は天照大神、忍穂耳尊、葺不合尊、金山彦尊の4柱をまつる。
社格は旧村社。
市野々王子の名は12世紀初期の巡礼記に見え、早い時期から熊野参詣道の王子社として存在していた。中世後期には中辺路で那智山に二番目に近い王子とされ、『那智参詣曼荼羅』にも描かれている。近世には那智山の末社となり、若女一王子社または市野々王子と呼ばれた。明治維新後の神仏分離により独立し、明治6年に王子神社へ改称された。近隣の金刀比羅神社を合祀したことも伝わる。
現在の社殿地は後世の移転地とされる。本来の王子跡は御旅所のある文明の岡の空地で、天照大神御影向石と伝わる大石が残る。約100m北のお杉社を旧地とする説もあり、礎石が残る。市野々の地名は参詣者を相手に市が立ったことにちなむと伝えられる。
境内は市野々王子跡として国の史跡「熊野参詣道」の一部に指定されている。指定は2000年11月2日で、その後も追加指定と名称変更が行われた。杉木立に囲まれた社殿のそばには石積み構造の郷倉が残り、かつて那智大社の米を収めたとされる。
社格は旧村社。
市野々王子の名は12世紀初期の巡礼記に見え、早い時期から熊野参詣道の王子社として存在していた。中世後期には中辺路で那智山に二番目に近い王子とされ、『那智参詣曼荼羅』にも描かれている。近世には那智山の末社となり、若女一王子社または市野々王子と呼ばれた。明治維新後の神仏分離により独立し、明治6年に王子神社へ改称された。近隣の金刀比羅神社を合祀したことも伝わる。
現在の社殿地は後世の移転地とされる。本来の王子跡は御旅所のある文明の岡の空地で、天照大神御影向石と伝わる大石が残る。約100m北のお杉社を旧地とする説もあり、礎石が残る。市野々の地名は参詣者を相手に市が立ったことにちなむと伝えられる。
境内は市野々王子跡として国の史跡「熊野参詣道」の一部に指定されている。指定は2000年11月2日で、その後も追加指定と名称変更が行われた。杉木立に囲まれた社殿のそばには石積み構造の郷倉が残り、かつて那智大社の米を収めたとされる。
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神社詳細
正式名称
王子神社
摂末社・境内社
情報募集
例祭
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文化財
情報募集
建築
本殿 木造流造三社一殿造銅板葺
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E9%87%8E%E3%80%85%E7%8E%8B%E5%AD%90
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E9%87%8E%E3%80%85%E7%8E%8B%E5%AD%90
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/
