山上八幡神社 - 神社ファン

有名度

前頭

山上八幡神社

やまがみはちまんじんじゃ

奈良県奈良市山陵町御陵前326

奈良県奈良市山陵町御陵前326

拝殿

Kochizufan(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
山上八幡神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「春日系」 「八幡系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

山上八幡神社は奈良県奈良市に鎮座する神社。御祭神は八幡大神、天照皇大神、春日大明神の3柱をまつる。
社格は旧村社。
創建の時期は明らかではないが、少なくとも天正4年(1576年)以前には存在していたことが確認できる。伝わる古文書の写しには、超昇寺氏が同年に当社で一家の安栄を祈願した記録があり、16世紀後半にはすでに地域の祈願所として機能していたことがうかがえる。
その後、この地は寛永16年(1639年)から元禄15年(1702年)にかけて超昇寺村が8か村に分村される過程で山上村となり、さらに明治9年(1876年)9月13日には近隣5か村の合併により佐紀村へ編入された。近代以降も地域区分の変遷を経ながら、神社はこの土地の信仰の中心として継承されてきた。
また、山上八幡神社には宮座に関する記録が残る。現存最古の史料は延宝5年(1677年)の「若宮八幡大菩薩氏子掟帳」であり、さらに弘化元年(1844年)の「御宮座入帳」や明治10年(1877年)の「年行司覚帳」も伝えられる。これらの文書から、近世から近代にかけての祭祀運営の実態を具体的に知ることができる。現在の宮座行事は、1932年に改められた同意書に基づき六人衆によって執り行われている。
現在の本殿は流造・檜皮葺であり、町内に伝わる覚書によれば、文政13年(1830年)に春日大社の摂末社の式年造替後の社殿が寄進され、本殿として用いられたという。翌天保2年(1831年)7月に屋根の葺替が行われ、明治11年(1878年)にも屋根替えの記録が残る。拝殿は延宝5年(1677年)の建立で、安政元年(1854年)および明治9年(1876年)に修理が施された。
境内には、天正19年(1591年)に豊臣秀吉が文禄・慶長の役に際して武運長久を祈願し手植えしたと伝わる杉が、本殿左後方に立つ。祭事では例大祭が10月9日と10日に行われる。古墳群の中に鎮座し、村の記録や宮座の伝承、さらに春日大社旧殿の移築伝承をあわせ持つ神社である。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 流造檜皮葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8A%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%A5%88%E8%89%AF%E5%B8%82)
奈良県神社庁
https://www.naraken-jinjacho.jp/