御厨神社 兵庫県 - 神社ファン

有名度

前頭

御厨神社

みくりやじんじゃ

兵庫県明石市二見町東二見1323

兵庫県明石市二見町東二見1323

社殿

Jnn(wikipedia CC BY 2.1 jp)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 厄除
  • 勝負
御厨神社には

「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「厄除・開運系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利 受験合格 学問成就 災難除け 疫病除け 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系」 「天満・天神系」 「祇園・須佐系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

御厨神社は兵庫県明石市に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、菅原道真、素蓋鳴命の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
往年の火災により社殿とともに記録文書が失われたため、創建年代は不詳とされている。創建を断定できる古記録は残っていないが、社伝では神功皇后の西征の際に二見浦へ船を寄せ、兵糧を集めた際に土地の人々が食物を奉ったことにちなみ、「御厨」の名が起こったと伝えられている。さらに「御厨」という語の用例から伊勢神宮の荘園であったとする説も伝わるが、これは一説として位置づけられる。
貞観年間(859~877)に八幡宮が勧請され、延喜元年(901)には菅原道真が大宰府へ向かう途中にこの浦へ船を寄せたと伝えられる。この由縁により寛和年中(985~987)に天満宮が勧請されたとされ、八幡・天神・牛頭天王の三社が重なる形で現在の祭神構成が成立した。『播磨鑑』には三社相殿として記録されており、近世にはすでに複合的な信仰を集める神社として認識されていた。
旧社地は現在の君貢神社付近にあったと伝えられる。菅原道真が西下の際に一夜を過ごした場所は「仮寝の岡」と呼ばれ、手植えと伝わる松は「仮寝の松」として神木とされた。現存するのは石碑のみであるが、伝承の痕跡を今に伝えている。また、道真が休息した地を現在地とする説もあり、鳥居付近には「菅公腰掛松」と呼ばれた松があったと伝えられている。
現在地への遷座は長暦年間(1037~1040)と伝えられる。遷座地である卯ノ花ノ森は常盤木の森とも呼ばれ、周辺は御社の岡と称された。二見の港に近い立地から船頭や回船業者の信仰を集め、拝殿には帆前船の絵馬や模型が奉納されている。
祭事としては、毎年7月10日・11日に祇園祭が行われる。素蓋鳴命を祭神とする祭礼で、茅の輪くぐりがあわせて営まれる。秋祭は10月20~26日の間の土日に行われ、8基の屋台が宮入りし、五穀豊穣と地域の繁栄を祈る例祭として現在も受け継がれている。
  • 郷社
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出典
公式サイト
http://mikuriyajinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E5%8E%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE