四貫島住吉神社 - 神社ファン

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四貫島住吉神社

しかんじますみよしじんじゃ

大阪府大阪市此花区梅香3-14-16

大阪府大阪市此花区梅香3-14-16

鳥居と拝殿

Bittercup(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 学業
  • 安全
  • 厄除
四貫島住吉神社には

「仕事系」「学業・技芸系」「安全系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

航海安全 海業守護 厄払い 文芸上達

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

住吉系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

四貫島住吉神社は大阪府大阪市此花区に鎮座する神社。御祭神は表筒男神、中筒男神、底筒男神、息長足姫命の4柱をまつる。
社格は旧村社。
この地一帯は、かつて「浪速八十島」と呼ばれ、多くの島々が連なる地域であったと伝えられる。長い年月の開拓によって土地は次第に整えられ、現在の町の姿へと発展していった。
社伝によれば、天正年間に七右衛門・弥右衛門・重右衛門・長右衛門の4人がこの地に来て漁業に従事し、その余暇に開墾を進めたとされる。慶長年間には戸数が20戸に増え、米や麦、野菜を自給できるようになったが、生業の中心はなお漁業であった。そこで元和年間、海上守護の神として崇敬されていた住吉大神と神功皇后の御分霊を、摂津国住吉大社の神官・橋本亀太夫に請い受け、中津川沿岸の四貫島元宮町に祀ったのが四貫島住吉神社の起こりと伝えられる。
その後、宝暦5年(1755年)に現在の梅香周辺へ遷され、さらに大正10年(1921年)には大阪市電敷設に伴い現在地へ遷座した。
しかし昭和20年(1945年)3月13日と6月1日の戦災により、本殿・幣殿・拝殿・神楽殿・神庫2棟・手水舎・社務所、さらに末社稲荷社や御渡御用具に至るまで焼失した。戦後、氏子崇敬者の奉賛によって昭和38年(1963年)に社殿が復興し、平成4年(1992年)には稲荷社も再建された。さらに令和4年(2022年)には稲荷社復興30年を記念し、参道沿いに桜「舞姫」が植樹されている。
祭事としては、1月1日の歳旦祭、1月15日の左義長、6月30日の夏越大祓、海の日前日の宵宮と海の日の本宮祭、10月20日の例祭(秋祭)、12月31日の年越大祓などが行われる。夏祭りでは子供神輿巡行や地車巡行、神楽奉納が行われ、地域の人々で賑わう。また、左義長直前の日曜日には人形感謝祭も執り行われている。四貫島住吉神社は、海の守護神を祀る由緒を今に伝えながら、地域の年中行事を支える此花の氏神として信仰を集めている。
  • 村社
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神社詳細

正式名称

住吉神社

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E8%B2%AB%E5%B3%B6%E4%BD%8F%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/