御津宮 - 神社ファン

有名度

前頭

御津宮

みつぐう

大阪府大阪市中央区西心斎橋2-10-7

大阪府大阪市中央区西心斎橋2-10-7

鳥居と拝殿

bittercup(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

御津宮以外にも 御津八幡宮 島之内八幡宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
御津宮には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

御津宮は大阪府大阪市中央区に鎮座する神社。御祭神は應神天皇、仲哀天皇、比咩大神の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
御津宮の由緒は古く、神社縁起では天平勝宝元年(749年)、宇佐から八幡大神を迎えて奈良の手向山八幡宮を祀る際、その神輿がこの地に上陸して一時安置されたことに始まると伝えられる。その後、この地に八幡大神を祀り御津八幡宮としたとされ、これが当社創建の中心的な伝承となっている。また別伝として『大阪府誌』には、仁徳天皇の時代に味原郷にあった社を後にこの地へ奉祀したとする記述がある。中世には後鳥羽上皇の勅願所となったと伝えられ、境内には後鳥羽上皇に関わる勅願所碑が残る。
その後、文禄年間(1592年-1596年)に兵火で焼失し、さらに大坂の陣によって荒廃したが、江戸時代に入ると町民の手によって再建された。心斎橋筋で正遷宮を祝う様子が浮世絵に描かれたとも伝えられ、社前の道が現在も八幡筋と呼ばれていることから、当宮が地域の町と深く結びついてきた歴史がうかがえる。
現在の社殿は昭和20年(1945年)の大阪大空襲で本殿・拝殿が焼失した後、昭和35年(1960年)に再建されたものである。境内には本殿、拝殿、社務所のほか、後鳥羽上皇に関わる勅願所碑や石宮社がある。また、当宮に伝わる「御津八幡宮文書」一括1,695点は平成29年(2017年)に大阪市指定有形文化財に指定されている。例祭は毎年6月15日に行われる。
  • 郷社
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E6%B4%A5%E5%AE%AE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/