井於神社 - 神社ファン

有名度

前頭

井於神社

いのへのじんじゃ

大阪府茨木市蔵垣内3-5-15

大阪府茨木市蔵垣内3-5-15

拝殿

bittercup(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
井於神社には

「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

災難除け 疫病除け 五穀豊穣

御祭神

主祭神

素戔嗚命 すさのおのみこと

相殿

天児屋根命 あめのこやねのみこと

相殿

菅原道真公 すがわらのみちざねこう

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系

です。
他に 「不明(1柱)」 「天満・天神系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

井於神社は大阪府茨木市に鎮座する神社。御祭神は素戔嗚命、天児屋根命、菅原道真公の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
創建年代は不詳であるが、延長5年(927年)に編纂された『延喜式神名帳』に「ヰノヘノ神社」と記載されていることから、少なくとも平安時代初期には存在していた古社である。
当社はもとは三宅村宇野辺に鎮座し、「井於連」が氏神として崇敬した神社で、水や泉を司る井の神として三宅郷の田畑の灌漑用水を守護する神として信仰を集めていたと伝えられる。古くは干ばつの際、氏子の若者が藁で龍を作り雨乞いの祈願を行い、龍を担いで村中を練り歩いた後に池へ投じるという行事が行われ、水の神への感謝と祈願が捧げられていたという。
現在の地への遷座は享徳年中(1452年~1454年)と伝えられ、その後、永正年中(1504年~1520年)には三宅城主三宅出羽守国村によって天児屋根命が勧請され、相殿として祀られるようになった。江戸時代には主祭神と相殿二座を合わせて「三所明神」と称された。
近代に入ると、明治5年(1872年)に郷社に列し、明治43年(1910年)9月28日には宇野辺の八幡神社、鶴野の皇大神社、丑寅の皇大神社が境内に合祀された。以後も三宅の郷の産土神として地域の信仰を集め、「三宅神社」とも呼ばれて親しまれている。
本殿は流造とされ、例祭は10月19日に行われる。
  • 郷社
  • 式内社(小)
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

本殿 流造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://io-jinja.org/index.html
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E6%96%BC%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/