五條天神社 京都府 - 神社ファン

有名度

前頭

五條天神社

ごじょうてんじんしゃ

京都府京都市下京区松原通油小路東入天神前町351-201

京都府京都市下京区松原通油小路東入天神前町351-201

東門鳥居と社殿

Hirojin taja(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

五條天神社以外にも 天使の宮 天使社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
五條天神社には

「健康系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

病気平癒

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

少彦名系

です。
他に 「出雲・オオナムチ系」 「伊勢・神明系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

五條天神社は京都府京都市下京区に鎮座する神社。御祭神は少彦名命、天照大神、大己貴命の3柱をまつる。
社格は旧村社。
社伝によれば、五條天神社は延暦13年(794年)、桓武天皇の平安京遷都に際し、皇城鎮衛のため大和国宇陀郡から天つ神(あまつかみ)を勧請したことに始まると伝えられている。勧請に空海が関わったとする説も伝わる。創建当初は「天使の宮」あるいは「天使社」と称し、洛中最古の神社の一つとされる。
平安期以降、天皇の病気や疫病流行の折には病気退散を祈る社として崇敬を集め、社前に靭(ゆき)を掲げて祈願が行われたと伝わる。室町時代以降は疫神・医道の祖神としての信仰が強まり、医薬や厄除の神として広く信仰された。最澄や空海が入唐にあたり当社で無事帰国を祈願したとの伝承も残る。文献上では、『祇園社記』に久寿年間(1154年-1156年)頃、祇園社(現・八坂神社)の末社であったとする記録が見える。また後鳥羽上皇の時代に社号を「五條天神宮」と改めたと伝わる。社名の「五條」は、北側を通る松原通がかつて五条通と呼ばれていたことに由来する。『看聞御記』には、応永28年(1421年)に疫病流行を鎮められなかった責を問われたことが記されている。さらに大永8年(1528年)、天明8年(1788年)の天明の大火、元治元年(1864年)のいわゆるどんどん焼けなど、幾度もの火災で社殿を焼失してきたが、その都度再建され現在に至っている。
軍記物語『義経記』では、当社が源義経と武蔵坊弁慶に関わる舞台として描かれ、物語世界において重要な役割を担う神社として登場する。明治時代には近代社格制度のもと村社に列せられた。
例大祭は毎年5月10日に斎行され、現在も厄除・病除の祈願社として崇敬を集めている。
  • 村社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E6%A2%9D%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82)