有名度
前頭上位北畠神社
きたばたけじんじゃ
三重県津市美杉町上多気1148
三重県津市美杉町上多気1148

文屋将監(wikipedia CC 表示 3.0)
北畠神社以外にも 国司さん とも呼ばれます。
かんたんご利益
御祭神
主祭神
北畠顯能公 きたばたけあきよしこう
配祀
北畠親房公 きたばたけちかふさこう
配祀
北畠顯家公 きたばたけあきいえこう
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。他に 「不明(0柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
北畠神社は三重県津市に鎮座する神社。御祭神は北畠顯能公、北畠親房公、北畠顯家公の3柱をまつる。
社格は旧別格官幣社、現在は別表神社。
南北朝時代、北畠顯能は伊勢国司に任じられ、田丸城を拠点として活動した。興国4年(1343)には一志郡多気へ本拠を移し、霧山城を築いた。正平5年(1350)には伊勢守護の高師秋と戦い、正平7年(1352)2月には南朝方による京都奪回に加わった。
顯能の後は顯泰、満雅、教具、政郷、材親、晴具、具教、具房へと北畠氏が続き、多気は伊勢国司北畠氏の本拠となった。現在の北畠神社境内は北畠氏の館跡にあたり、発掘調査では建物の柱穴や石列、大規模な石垣などが確認されている。天正4年(1576)、北畠氏は織田信長による伊勢侵攻を経て、多気を本拠とした約240年の歴史を終えた。
寛永20年(1643)3月、北畠具房の4代孫とされる鈴木孫兵衛家次が旧館跡に小祠を設け、北畠八幡宮と称した。これを北畠神社の創祀とする。由来書ではこの時に祖霊を祀ったとされるが、当初は八幡神のみを勧請し、元禄年間に北畠顯能を祀ったとする説もある。その後、北畠親房と北畠顯家も合祀された。
明治14年(1881)11月に村社北畠神社へ改称し、明治40年(1907)12月には多芸村内の16社を合祀した。大正5年(1916)には宝庫や社務所などが整備され、昭和3年(1928)10月には社殿を新造して主祭神を遷座した。同年11月10日には別格官幣社に列した。
北畠神社の境内には北畠氏館跡が残り、背後の山には北畠顯能とその子孫が居城とした霧山城跡がある。両遺跡は昭和11年(1936)9月3日に国の史跡に指定され、平成18年(2006)には指定範囲の追加と統合を経て、国指定史跡「多気北畠氏城館跡」となった。
境内には国指定名勝の北畠氏館跡庭園も残る。池と築山を配した室町時代の庭園で、永正18年(1521)頃に細川高国によって築造されたと推定されている。屈曲する池の汀や築山には石組が配され、昭和11年(1936)9月3日に国の名勝に指定された。
境内末社には多芸神社と留魂社が鎮座する。留魂社には北畠具行、北畠満雅、北畠具教をはじめ、北畠一族や家臣、郎党、農民の戦死者が祀られている。祭事では、5月5日に春季大祭の伊勢国司講社大祭、10月13日に例大祭が斎行される。
社格は旧別格官幣社、現在は別表神社。
南北朝時代、北畠顯能は伊勢国司に任じられ、田丸城を拠点として活動した。興国4年(1343)には一志郡多気へ本拠を移し、霧山城を築いた。正平5年(1350)には伊勢守護の高師秋と戦い、正平7年(1352)2月には南朝方による京都奪回に加わった。
顯能の後は顯泰、満雅、教具、政郷、材親、晴具、具教、具房へと北畠氏が続き、多気は伊勢国司北畠氏の本拠となった。現在の北畠神社境内は北畠氏の館跡にあたり、発掘調査では建物の柱穴や石列、大規模な石垣などが確認されている。天正4年(1576)、北畠氏は織田信長による伊勢侵攻を経て、多気を本拠とした約240年の歴史を終えた。
寛永20年(1643)3月、北畠具房の4代孫とされる鈴木孫兵衛家次が旧館跡に小祠を設け、北畠八幡宮と称した。これを北畠神社の創祀とする。由来書ではこの時に祖霊を祀ったとされるが、当初は八幡神のみを勧請し、元禄年間に北畠顯能を祀ったとする説もある。その後、北畠親房と北畠顯家も合祀された。
明治14年(1881)11月に村社北畠神社へ改称し、明治40年(1907)12月には多芸村内の16社を合祀した。大正5年(1916)には宝庫や社務所などが整備され、昭和3年(1928)10月には社殿を新造して主祭神を遷座した。同年11月10日には別格官幣社に列した。
北畠神社の境内には北畠氏館跡が残り、背後の山には北畠顯能とその子孫が居城とした霧山城跡がある。両遺跡は昭和11年(1936)9月3日に国の史跡に指定され、平成18年(2006)には指定範囲の追加と統合を経て、国指定史跡「多気北畠氏城館跡」となった。
境内には国指定名勝の北畠氏館跡庭園も残る。池と築山を配した室町時代の庭園で、永正18年(1521)頃に細川高国によって築造されたと推定されている。屈曲する池の汀や築山には石組が配され、昭和11年(1936)9月3日に国の名勝に指定された。
境内末社には多芸神社と留魂社が鎮座する。留魂社には北畠具行、北畠満雅、北畠具教をはじめ、北畠一族や家臣、郎党、農民の戦死者が祀られている。祭事では、5月5日に春季大祭の伊勢国司講社大祭、10月13日に例大祭が斎行される。
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神社詳細
摂末社・境内社
例祭
元旦祭 1月1日
建国記念祭 2月11日
祈年祭 2月17日
初午祭 3月午の日
伊勢国司講社大祭 5月5日
秋季大祭 10月13日
新嘗祭 11月23日
建国記念祭 2月11日
祈年祭 2月17日
初午祭 3月午の日
伊勢国司講社大祭 5月5日
秋季大祭 10月13日
新嘗祭 11月23日
文化財
多気北畠氏城館跡 北畠氏館跡 霧山城跡
国 史跡
文化財種別不明 平成18年7月28日指定
文化財種別不明 平成18年7月28日指定
北畠氏館跡庭園
国 名勝
文化財種別不明 昭和11年9月3日指定
文化財種別不明 昭和11年9月3日指定
北畠具教奉行人教兼奉書
津市 指定文化財
書跡・典籍・古文書 平成16年6月8日指定
書跡・典籍・古文書 平成16年6月8日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E7%95%A0%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
津市
https://www.info.city.tsu.mie.jp/www/genre/1100000000709/index.html
三重県神社庁
https://www.mie-jinjachou.page/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E7%95%A0%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
津市
https://www.info.city.tsu.mie.jp/www/genre/1100000000709/index.html
三重県神社庁
https://www.mie-jinjachou.page/
