北畠具教
きたばたけとものり
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 公卿
- 大名
戦国~安土桃山 [1528年~1576年]
北畠具教とは?
北畠具教(1528-1576)は戦国時代~安土桃山時代の人物。北畠晴具の子で、北畠具房らの親。伊勢国(現在の三重県)国司・北畠家当主の長男として生を受ける。朝廷よりいくつもの官位を授かり、順風満帆な青年期を過ごした。剣術と和歌を好み、特に剣術は塚原卜伝に奥義を授かるほどの腕前であったという。父の隠居に伴って北畠家第8代当主の座に就くと、長野氏や九鬼氏といった有力な勢力を次々に下し、勢力を拡大して北畠家の最盛期を築いた。ところが1568年以降、織田信長が伊勢国に手を伸ばしてから状況は一変。支配下にあった城は次々に落とされ、具教は抵抗虚しく降伏を余儀なくされた。このとき二者は和睦の条件として、信長の次男・織田信雄を、具教の長男・具房の養嗣子にすることを決めている。和睦により当面の危機は去ったかに思われたが、織田側は抜け目なく北畠家の旧臣を篭絡しており、具教は信長・信雄の命を受けた旧臣たちに暗殺されてしまう。これにより戦国大名としての北畠家は織田氏に乗っ取られる形で滅亡した。 現在、具教を祀るのは三重県大台町の北畠神社。同神社には北畠家の歴代当主が祀られており、具教は境内の「留魂社」の祭神とされている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
北畠神社
(三重県大台町上三瀬992)
