機織井 | 秋葉山本宮秋葉神社 - 神社ファン

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秋葉山本宮秋葉神社

あきはさんほんぐうあきはじんじゃ

静岡県浜松市天竜区春野町領家841

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機織井

更新日:2026年9月20日

祈祷により湧き出した清水

秋葉神社の本殿の裏側には、「機織井(はたおりい)」と呼ばれる井戸があります。
かつて秋葉山には良い清水がなく、谷川まで水を汲みに行かなければならなかったと伝えられています。
そこで水を得るために37日間にわたって大護摩を焚き、清水が湧き出るよう祈願したところ、一夜にして水が湧き出しました。それ以降、秋葉山では水に困ることがなくなったといいます。
この清水が湧き出した場所が、現在まで伝わる機織井です。
柳田國男も『日本の伝説』の中で秋葉山の機織井を取り上げています。それによれば、秋葉山にはもともと良い清水がなく、千年余り前に神主が神へ祈ったことで初めて授かった井戸と伝えられていました。
標高866メートルの秋葉山山頂付近に湧くこの水は、現在も境内の手水などに利用されています。
残念ながら機織井がある本殿裏は神域となっており、一般の参拝者が井戸のそばまで立ち入ることはできません。しかし、昔の絵葉書には機織井の姿が残されており、かつての様子を知ることができます。
昔の機織井昔の機織井
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秋葉の山姥伝説

この機織井には、さらに不思議な山姥の伝説が残されています。
今からおよそ1100年前、現在の浜松市佐久間町周辺に山姥が住んでいたと伝えられています。
はじめのうちは村へやって来て、機織りを手伝ったり、子守りをしたりして人々を助けていました。しかし、やがて牛や馬、人間の生き血を吸い、子供にも危害を加えるようになったといいます。
困った村人たちは助けを求め、山姥を退治するため2人の役人が派遣されました。しかし、そのときには山姥はすでに秋葉山へ逃れた後でした。
その後、山姥は心を改め、機織井のほとりに住んで秋葉大神へ捧げる衣を織るようになったと伝えられています。柳田國男も、秋葉山へ来た山姥が水辺に住み、神様の衣を織って献納したことから「機織の井」と呼ばれるようになったという伝承を紹介しています。
また、国際日本文化研究センターに収録された秋葉山の伝承にも、追われて秋葉山へ移った山姥が、三尺坊の衣を山頂の水場付近で織ったため「機織井」と呼ばれるようになったという話が残されています。
今でも井戸の底から機を織る音が聞こえてくるともいわれています。
また別の説では、山姥はもともとこの地方に住んでいた豪族の娘で、この地を守っていた人物だったとも伝えられています。敵対する勢力が彼女を滅ぼすため、「牛や馬、人間の生き血を吸う妖怪」という噂を流し、討伐の口実にしたという話です。
山姥社 社殿
上社の境内には現在も「山姥社」があり、山姥神がお祀りされています。もともとは本殿北側にある機織井のほとりに祀られていた小祠で、現在は水神社や小國社などとともに本殿右奥に並んで鎮座しています。これは秋葉山本宮秋葉神社の公式案内でも確認できます。
一般には恐ろしい妖怪として描かれることの多い山姥ですが、秋葉山では秋葉大神に衣を捧げる存在として伝えられ、ついには神として祀られています。
機織井そのものを見ることはできませんが、その伝説を現在に伝えているのが山姥社です。本殿を参拝した後には、機織井で機を織ったという山姥の物語を思い浮かべながら、山姥社にも立ち寄ってみてください。

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