飽波神社 静岡県 - 神社ファン

有名度

前頭

飽波神社

あくなみじんじゃ

静岡県藤枝市藤枝5-15-36

静岡県藤枝市藤枝5-15-36

鳥居と拝殿

あばさー(wikipedia パブリック・ドメイン)

飽波神社以外にも 川関大明神 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
飽波神社には

「健康系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

病気平癒

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

少彦名系

です。
他に 「不明(2柱)」 「えびす系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

飽波神社は静岡県藤枝市に鎮座する神社。御祭神は少彦名命、瀬織津姫命、蛭子命、天忍穗耳命の4柱をまつる。
社格は式内であり、旧郷社。
社伝では、仁徳天皇6年(318年)に、飽波郷、すなわち志太平野一円の鎮護の神として祀られたと伝わる。社の古層をなす信仰として語られるのが、境内の山裾において小石の周囲から清水が湧き出し、諸病に霊験をもたらしたとする伝承である。この水は人々に「命の水」として敬われ、同時に瀬戸川の水害から地域を守護する神としての性格を帯び、「川関大明神」とも称されてきた。
中世以降、戦乱は社の歩みに大きな影響を及ぼす。戦国時代の永禄3年(1560年)には、武田軍の乱入によって社殿や旧記録が焼失したとされるが、その際、神官が御神体を守り抜き、兵乱ののちに小祠を建てて祭祀を継続したと伝えられている。こうした経緯は、信仰が途絶えることなく地域に根づいてきたことを示している。
近世に入ると、正徳5年(1715年)に社殿が再建され、荒廃からの復興が具体的な形となった。明治期には、明治6年(1873年)に郷社に列し、明治40年(1907年)には幣帛供進社に指定されるなど、近代社格制度のもとで地域の鎮守としての位置づけが明確になっていく。さらに昭和6年(1931年)には拝殿が造営され、神具や狛犬の奉納とあわせて、社頭の整備が進められた。
神域は、静岡県選定の「ふるさとの森(お宮の森・お寺の森)」百選の1つに数えられ、社叢を含めた落ち着いた景観が今日まで保たれている。祭礼では、例祭が毎年10月第1土曜日・日曜日・月曜日に営まれ、3年に一度は藤枝大祭(飽波神社大祭)が斎行される。この大祭で奉納される踊りは、2020年(令和2年)に文化庁の日本遺産ストーリーを構成する文化財の1つとして認定され、地域の歴史と信仰を今に伝える重要な行事となっている。
  • 郷社
  • 式内社(不明)
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神社詳細

摂末社・境内社

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文化財

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建築

本殿 流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%BD%E6%B3%A2%E7%A5%9E%E7%A4%BE
静岡県神社庁
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/