日吉神社 岐阜県安八郡神戸町神戸字上ノ宮 - 神社ファン

有名度

前頭

日吉神社

ひよしじんじゃ

岐阜県安八郡神戸町神戸字上ノ宮1番地の1

岐阜県安八郡神戸町神戸字上ノ宮1番地の1

拝殿

Monami(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 厄除
  • 家庭
日吉神社には

「恋愛系」「仕事系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

酒の神 縁結びの神 厄除 家内安全

御祭神

大宮

大己貴大神 おおなむちのかみ

宇佐宮

樹下宮

客人宮

神社系統

この神社の主な系統は

日吉・山王系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

日吉神社は岐阜県安八郡神戸町に鎮座する神社。御祭神は大己貴大神、大山昨大神、湍津姫大神、鴨玉依姫大神、白山姫大神、大山昨大神荒魂、鴨玉依姫大神荒魂の7柱をまつる。
社格は旧県社。
日吉神社の由緒は、平安時代初頭の弘仁8年(817年)にさかのぼる。伝教大師最澄が東山道を通って布教に向かう途上で神戸の地に立ち寄り、当地の郡司であった安八太夫安次の懇請を受けて、影向山神護寺善学院を建て、近江坂本の山王信仰に連なる四柱の神々を勧請して社を創建したと伝えられる。ここに、日吉信仰の社としての日吉神社が始まったという。
創建後も信仰は重ねられ、さらに約40余年を経た貞観3年(861年)には、最澄の弟子である慈覚大師円仁が神戸の地を訪れ、日吉神社に三柱の神を勧請したとされる。最澄が勧請した四柱と、円仁が勧請した三柱を合わせて七柱となり、以後「山王七社」として奉幣されてきたという伝承が、この神社の祭神構成と社のかたちをそのまま説明している。
また、この由緒は神仏習合の時代背景とも結びつく。日吉神社では、明治期に神仏分離令が出されるまで、善学院が別当寺として運営に携わってきたと伝えられ、神社と寺院が一体となって信仰を支える「山王」らしい姿が地域に根付いていたことがうかがえる。近代に入ると、大正2年(1913年)7月に県社へ昇格し、昭和20年(1945年)8月の終戦後に国家と神道の分離指令を受けて社格が廃止されるなど、制度の変化の中で立場を変えつつも、社としての連続性を保ってきた。
七社の神々を中心に据えた「山王」の祭礼は、地域の行事として現在も具体的に受け継がれている。日吉新宮を起点とする祭りは「神戸山王まつり」と称され、神輿の渡御を伴う祭礼として行われており、県重要無形民俗文化財に位置づけられている。
  • 県社
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出典
公式サイト
http://hiyoshi-jinjya.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%A5%9E%E6%88%B8%E7%94%BA)
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/