大津神社 岐阜県 - 神社ファン

有名度

前頭

大津神社

おおつじんじゃ

岐阜県飛騨市神岡町船津1823番地の2

岐阜県飛騨市神岡町船津1823番地の2

拝殿

Asturio Cantabrio(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

御祭神

主神

大彦命 おおつびこのみこと

配祀

武渟河別命 たけみなかたとみのみこと

合祀

建南方富命 たけぬなかわわけのみとこ

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(1柱)」 「諏訪系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

大津神社は岐阜県飛騨市に鎮座する神社。御祭神は大彦命、武渟河別命、建南方富命の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
延喜式神名帳には飛騨国八社の一として記されており、平安時代初期にはすでに祭祀が行われていた由緒ある神社である。古くは社の傍らに大津山宗慶寺と号する天台宗の別当寺が存在し、神仏習合のもとで祭祀が営まれていたと伝えられる。往古、氏子は御社南面の高原川沿いに八十余戸を構えていたが、水災に悩まされ家居を現在地へ移したという。この移転の過程で橋がたびたび流失したため船渡しが設けられ、人々が自然と「船津」と呼ぶようになったとされる。一方、神社の鎮座地は古今を通じて「大津」と称され続けてきた。
中世には高原郷の領主であった殿村諏訪城主・江馬氏の崇敬を受け、江馬氏十四代左京之進平時経の二男・重種が大津に居館を構え、大島近輔平重種と改姓したと伝えられる。当地が高原川と山田川の合流点に位置する島形の地であったことから、大島の姓を称したともいわれる。江馬氏および大島氏は社殿を造営し、多くの神宝を奉納した。
しかし天正十年(1582年)に両家が没落すると神社の造営は行き届かなくなり、別当寺であった宗慶寺も廃絶した。さらに文化十一年(1814年)8月22日の市中大火により、奉納された神宝や産子の貯蔵物は焼失している。
建武年間には江馬氏により信州諏訪大明神の分霊が勧請され、社号は一時「諏訪大明神」と改められたが、文化元年(1804年)に考証を経て大津神社へ復帰した。1871年(明治4年)10月に郷社に列し、1895年(明治28年)の船津大火で社殿が焼失したため、1907年(明治40年)に現在地へ遷座している。1930年(昭和5年)12月には県社に列し、1990年(平成2年)には特別金幣社となった。
また文化5年(1808年)から約20年ごとに式年大祭が斎行され、2014年(平成26年)には第11回式年大祭が行われた。神岡町では大津神社・朝浦八幡宮・白山神社の三社が同日に例祭を行い、これを神岡祭と総称し、高山祭・古川祭と並ぶ飛騨三大祭の一つとされる。さらに境内では毎年8月14日から16日に船津盆踊りが行われ、1969年(昭和44年)に岐阜県の無形文化財に指定されている。
  • 県社
  • 式内社(不明)
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B4%A5%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E9%A3%9B%E9%A8%A8%E5%B8%82)
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/