新海三社神社 佐久市 - 神社ファン

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新海三社神社

しんかいさんしゃじんじゃ

長野県佐久市大字田口字宮ノ沢2394

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長野県佐久市大字田口字宮ノ沢2394

東本社

うなぎや (wikipedia CC 表示 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 家庭
  • 勝負
新海三社神社には

「仕事系」「家庭系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 家内安全 武運長久 国家鎮護 殖産興業 成功勝利

御祭神

東本社

興波岐命 おきはぎのみこと

中本社

健御名方命 たけみなかたのみこと

西本社

事代主命 ことしろうしのみこと

西本社

誉田別命 ほむだわけのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「諏訪系」 「八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

新海三社神社は長野県佐久市に鎮座する神社。御祭神は興波岐命、健御名方命、事代主命、誉田別命の4柱をまつる。
社格は旧県社。
創建年代は不詳である。長野県神社庁の由緒では、興波岐命は佐久地方開拓の祖神とされ、古墳時代に当地へ祀られたと伝えられている。境内周辺には古墳があり、旧境内の古墳からは蕨手刀が出土している。南北朝時代の『諏方大明神画詞』には、興波岐命が「新開之神」として記されている。
中世には源氏、足利氏、田口氏、武田氏らから崇敬を受け、社領の寄進や社殿の修理・再建が行われた。源頼朝が社殿を修理・再興し、源氏の祖神である誉田別命を祀るよう沙汰したとの口碑も残る。
室町時代後期には現在の東本社が建立され、永正12年(1515)には神宮寺の三重塔が建立された。当時の境内には神社と仏教施設が併存し、別当寺として新海山上宮本願院神宮密寺が置かれていた。
戦国時代の永禄8年(1565)、武田信玄は上野国箕輪城攻略に際して新海三社神社へ戦勝祈願の願文を奉納した。信玄が太刀を寄進し、社殿を修復したとの記録も残されている。願文を含む中世文書3通は佐久市指定文化財となっている。
江戸時代には徳川氏や大給氏が社領を寄進し、社殿の修理を行った。明治初年の神仏分離によって別当寺は神社から分離されたが、旧神宮寺の三重塔は境内に残された。明治以降、新海三社神社は県社に列した。また、戦前までは神職が騎馬で南北佐久から小県郡一帯を巡る御神幸が行われていた。
現在の本殿は西本社・中本社・東本社の3棟が並ぶ。東本社は室町時代後期に建立された一間社流造、檜皮葺の社殿で、昭和12年(1937)に国の重要文化財に指定された。中本社と西本社は朱塗りの流造で彫刻が施され、平成14年(2002)に佐久市指定有形文化財となった。
境内奥に建つ三重塔は永正12年(1515)の建立で、三間三重塔婆、柿葺の建築である。和様を主体に禅宗様を取り入れ、明治40年(1907)に国の重要文化財に指定された。西本社と中本社の間には延文3年(1358)の銘を持つ御魂代石があり、佐久市指定文化財となっている。
  • 県社
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出典
公式サイト
http://www.shinkaisansya-jinja.jp/
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/