住吉神社 安曇野市 - 神社ファン

有名度

前頭

住吉神社

すみよしじんじゃ

長野県安曇野市三郷温字大原5932

長野県安曇野市三郷温字大原5932

かんたんご利益

  • 仕事
  • 学業
  • 安全
  • 厄除
住吉神社には

「仕事系」「学業・技芸系」「安全系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

航海安全 海業守護 厄払い 文芸上達

御祭神

底筒之男命 そこつつのおのみこと
中筒之男命 なかつつのおのみこと
表筒之男命 うわつつのおのみこと
神功皇后 じんぐうこうごう
建御名方命 たてみなかたのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

住吉系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

住吉神社は長野県安曇野市に鎮座する神社。御祭神は底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命、神功皇后、建御名方命の5柱をまつる。
社格は旧県社。
住吉神社の起源は古く、平安時代初期の大同年間(806~810年)に、武将である坂上田村麻呂がこの地に勧請したと伝えられている。当初の社は、現在の社地ではなく、近隣の山中――烏川渓谷の角蔵山の尾根の麓にあったとされ、後に現在地へ遷座されたという。この創建伝承とともに、当地には武勇と開拓をめぐる逸話がある。特に、坂上田村麻呂がこの地を治めていたと伝えられる豪族「八面大王」を討伐した折に、元あった社をこの地に移した――という伝承が残され、境内には「坂上田村明神」を祀る祠と銅像が建つ。さらに、平安時代後期には、当地の開発領主であった西牧氏の寄進により、当社を含む「長講堂領住吉荘」が成立し、荘内十八郷の総鎮守として地域一帯の信仰の中心となった。その後も、歴代の国司や武将らによる崇敬と修築が続いた。たとえば、長徳年間には信濃国司の藤原惟正が社殿の修築を行ったという記録がある。戦国時代には、城主や地元領主らによる庇護が続き、また永禄10年(1567年)には、氏子による棟銭によって社殿が造営されたことも記録されている。現在の本殿および拝殿は、江戸時代の天明6年(1786年)に建てられたもので、その後の長きにわたる年月と地域の信仰を支えてきた。本殿は桁行3間・梁間2間の流造で、元は柿葺だった屋根が銅板葺に改められ、向拝や母屋の組物に舟肘木を用い、頭貫の上に菊の彫刻が施され、さらに屋根飾りには千木と鰹木を三本据える――これは、同じ「住吉」の名を持つ大社の様式と通じる特徴である。
毎年4月の例大祭として行われるお船祭りは、櫓や竹などで組まれた「船」の形をした山車を曳き出す伝統行事で、地域の無形民俗文化財に指定されており、その迫力と郷土の息吹を感じることができる。
  • 県社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8F%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%AE%89%E6%9B%87%E9%87%8E%E5%B8%82)
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/