八幡神社 山梨県甲府市宮前町 - 神社ファン

有名度

前頭

八幡神社

はちまんじんじゃ

山梨県甲府市宮前町6−47

山梨県甲府市宮前町6−47

かんたんご利益

  • 健康
  • 子供
  • 安全
八幡神社には

「健康系」「子供系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 延命長寿 安産 治水

御祭神

中殿

誉田別命 ほんだわけのみこと

西殿

息長帯姫命 おきながたらしひめのみこと

東殿

姫大神 ひめおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

八幡神社は山梨県甲府市に鎮座する神社。御祭神は誉田別命、息長帯姫命、姫大神の3柱をまつる。
社格は旧県社。
由緒は甲斐源氏の祖・新羅三郎義光の後裔である石和五郎武田信光が、承久年間に鎌倉・鶴岡八幡宮の御分霊を石和の館へ勧請したことに始まる。この勧請により八幡神社は武田家の氏神として尊崇され、国衙八幡宮と称された。のちに永正16年、武田信虎が躑躅ヶ崎へ築城した際には、社殿も峯本の地へ遷座し、現在の古八幡の起源とされる。さらに武田信玄の時代には国内惣社・府中八幡として重んじられ、永禄3年には神社運営の基準となる神家五ヶ条と、甲斐国九筋百六十四社の神主が交替で参籠し国家安泰を祈願する番帳を賜るなど、武田家との深いつながりが史料に残されている(甲斐国志)。武田家の滅亡後、徳川家康が甲斐へ入国すると社参を行い、社殿造営を命じるとともに、かつての番帳と条目を再び認めて保護した。文禄4年には浅野長政が甲府城築城に際し、社殿を現在の甲府市宮前町へ奉遷し、城の鎮守として位置づけ、甲斐国総社として崇敬された。近世を通じて歴代領主の寄進と保護を受け、地域の中心的神社としての地位を確立していった。明治維新後には社地や禄高が国へ返還され、財政は困難となったが、大正9年に有志が八幡神社奉営会を組織し、多数の協賛者の寄付によって本殿・拝殿・随身門・鳥居・神楽殿が再建され、社頭はかつて以上に整えられたと伝えられている。
  • 県社
  • 総社(甲斐国 のち )
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
山梨県神社庁
https://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/