熊野神社 福井県福井市加茂河原町 - 神社ファン

有名度

前頭

熊野神社

くまのじんじゃ

福井県福井市加茂河原町32-7

福井県福井市加茂河原町32-7

かんたんご利益

  • 健康
  • 安全
熊野神社には

「健康系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

熊野系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

熊野神社は福井県福井市に鎮座する神社。御祭神は須佐之男命、伊弉册尊、道祖神、速玉男神、事解男神の5柱をまつる。
社格は旧村社。
社伝によれば、熊野神社の祭神はかつて朝倉義景の守護神であったと伝えられている。天正元年(1573)に義景が織田信長との戦いに敗れた際、祭神を川に流したところ、加茂河原の住人である宮崎茂左ェ門が夢のお告げを受け、笏谷の赤岩前の渕でこれを拾い上げ、この地に祀ったという。また社伝では、道祖神は熊野神社外苑にある神木の大楠の下に祀られていたとされ、慶長11年(1606)の「越前国絵図」にもその位置が記されている。のちに明治35年、熊野神社の社殿を改築した際に合祀されたという。八幡神社についても社伝が伝承を残しており、東郷城主・長谷川秀一の鎮守であったと「越前国名蹟考」に記されている。もとは加茂河原中垣内に鎮座していたが、この地に遷され、若宮と呼ばれるようになったとされる。
さらに社伝では、矢筈の宮は約1500年以上前、男大迹皇子が越前平野の治水のため河川改修を行った際、笏谷石を多く用いたことにより、石工たちが生計を立てられるようになったお礼として皇子をお祀りしたのが始まりだと伝えている。元は明神山に鎮座し、三国水門を望む地に祀られていたことから「明神さん」と呼ばれていたという。弓筈神社については、足羽神社の摂社であり、「足羽社記略」によれば、男大迹皇子が越前の国で九頭竜川・日野川・足羽川の三大河川を掘削した際、炎暑に苦しむ役夫が水を求めたため、皇子が携えていた弓の筈で岩を突いたところ、瞬時に冷泉が湧き出たとされる。役夫たちはその水で暑さをしのぎ、そこを笏谷と呼ぶようになったという。さらに継体天皇は自ら水波能売神を勧請し、その鎮座地を加茂山(鳥越坂)と名付けたと伝えられている。
  • 村社
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.asuwajinja.jp/kenmu-yasirokita.htm
福井県神社庁
https://www.jinja-fukui.jp/