八海山尊神社 - 神社ファン

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八海山尊神社

はっかいさんそんじんじゃ

新潟県南魚沼市大崎4161番地

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新潟県南魚沼市大崎4161番地

鳥居と拝殿

かんたんご利益

御祭神

国狭槌神 くにのさづちのみこと
天津彦火瓊瓊杵神 あまつひこほのににぎのみこと
大山祇神 このはなさくやひめのみこと
木花咲耶姫神 おおやまづみのみこと
日本武尊 やまとたけるのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

八海系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

八海山尊神社は新潟県南魚沼市に鎮座する神社。御祭神は国狭槌神、天津彦火瓊瓊杵神、大山祇神、木花咲耶姫神、日本武尊の5柱をまつる。
八海山の開山は、中臣鎌足が神託を受け、現在の六合目にあたる御室に祠を設けたことに始まると伝えられている。その後、役行者小角が入山し、弘法大師空海も山頂で密法修行を行ったという伝承が残る。八海山は神仏習合の修験道場として発展した。
南北朝時代中期に成立した『神道集』には、八海大明神が越後国三宮として記され、祭神を国狭槌尊とする記述がみられる。
寛政6年(1794)、木曽御嶽山王滝口を開いた普寛行者が越後を訪れ、大崎村出身の泰賢行者とともに八海山へ入山して登拝道を整備した。泰賢行者は安永3年(1774)に大崎村の神職山田家の分家に生まれ、20歳頃から萬願寺で修験の道に入った。
享和年間(1801~1804)、泰賢行者は大崎口馬立場の洞窟に3年間籠もり、塩断ちや穀断ちの修行を行った。享和3年(1803)には大崎口登山道を開き、その後は里宮を拠点に各地を巡って八海山信仰を広めた。中越地方を中心に御嶽講が組織され、多くの講中が八海山へ登拝するようになった。泰賢行者は文化2年(1805)、武蔵国本庄で32歳の生涯を閉じた。
昭和35年(1960)、各講中で行われていた火渡りの行法が統一され、10月20日に大火渡祭が行われるようになった。昭和49年(1974)には霊風園が造成され、昭和54年(1979)には旧里宮から神体を遷して現在の社殿が造営された。昭和56年(1981)には高さ8.5mの白御影石製大鳥居が建立された。
境内には霊風園から続く88段の大石段があり、柏手を打つと音が反響する「龍鳴」が知られる。平成28年(2016)には龍鳴の石像が建立された。手水舎には八海山2合目半に湧く金剛霊泉の水が引かれ、この霊泉は昭和60年(1985)に新潟県の名水に指定されている。平成6年(1994)には八海山大神像を安置する霊風殿が造営され、鳥海山産の玄武の奇石が奉納された。
主な祭事には元朝祭、節分祭、春季大祭、御山開き、閉山式、大火渡祭がある。御山開きでは茅の輪くぐりが行われ、大火渡祭では柴燈護摩の火床を行者や参拝者が渡る。冬季は積雪のため山側の社殿が閉鎖され、祭祀や祈祷は大崎集落内の社務所で執り行われる。
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神社詳細

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出典
公式サイト
http://hakkaisan-sonjinja.jp/
新潟県神社庁
https://niigata-jinjacho.jp/