登渡神社 - 神社ファン

有名度

前頭

登渡神社

とわたりじんじゃ

千葉県千葉市中央区登戸三丁目3番8号

千葉県千葉市中央区登戸三丁目3番8号

拝殿

掬茶(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

登渡神社以外にも 登戸神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 厄除
登渡神社には

「健康系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

健康長寿 無病息災 開運招福

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

妙見信仰系」 「不明(2柱)」

です。
他に 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

登渡神社は千葉県千葉市中央区に鎮座する神社。御祭神は天御中主命、高皇産霊命、神皇産霊命、天日鷲命の4柱をまつる。
社格は旧村社。
登渡神社の起源は、江戸時代中期にさかのぼる。正保元年(1644年)9月5日、千葉氏の末裔である登戸権介 平定胤(たいら の さだたね)が、祖先を供養するため、地域の高台(「遠望台」とも称される、標高約15 m という地点)に 千葉妙見宮(現在の千葉神社)の末寺として白蛇山真光院(通称 登戸妙見寺)を建立し、妙見大菩薩(妙見尊)を奉祀したのが始まりと伝えられている。その際、僧 定弁を守護の任にあてたともいう。以後、この寺院的な性格を帯びた施設は地域の信仰拠点となった。その後、幕末期の慶応3年(1867年)12月26日に、神仏分離の流れもあって社号を「登渡神社」に改め、祭神を天御中主神以下の造化三神に定めた。
昭和・平成以降も整備が重ねられた。昭和48年(1972年)8月5日には鎮座330年記念の臨時大祭を行い、平成2年(1990年)6月30日には本殿の移築、幣殿・拝殿の新築、神輿庫・大師堂・古札納所の建設などを伴う改修が行われた。さらに平成6年(1994年)には鎮座350年を記念して正面階段・参道の修復、新鳥居建立が行われ、平成24年には神楽殿・末社七社の新造、平成27年には参集殿が竣工するなど、連続的な整備と拡充が続いている。
また、本殿の彫刻・建築には芸術的価値が認められ、彫刻は信州上諏訪・立川流の匠が手がけたものとされ、千葉市の文化財指定を受けている。
例祭は毎年9月4日~6日の三日間にわたり行われ、その中心日である9月5日には神輿渡御が執り行われ、地域住民が参加する祭礼として親しまれている。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 入母屋造銅板瓦葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BB%E6%B8%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE
千葉県神社庁
https://www.jinjacho.or.jp/