北野天神社(物部天神社・国渭地祇神社・天満天神社) - 神社ファン

有名度

前頭

北野天神社(物部天神社・国渭地祇神社・天満天神社)

きたのてんじんじんじゃ(ものべてんじんじゃ/くにいちぎじんじゃ/てんまんてんじんじゃ)

埼玉県所沢市小手指元町3-28-44

埼玉県所沢市小手指元町3-28-44

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 学業
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
  • 勝負
北野天神社(物部天神社・国渭地祇神社・天満天神社)には

「恋愛系」「仕事系」「学業・技芸系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

交通・航空安全 勝運上昇 家運隆昌 商売繁盛 良縁祈願 学業成就 合格祈願 技芸上達 厄除け

御祭神

物部天神社

櫛玉饒速日命 くしたまにぎはやひのみこと

國渭地祇神社

八千矛命 やちほこのかみ

天満天神社

菅原道真公 すがわらのみちざねこう

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「出雲・オオナムチ系」 「天満・天神系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

北野天神社(物部天神社・国渭地祇神社・天満天神社)は埼玉県所沢市に鎮座する神社。御祭神は物部天神社に櫛玉饒速日命、国渭地祇神社に八千矛命、天満天神社に菅原道真公の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
社伝によれば、景行天皇の時代(第12代天皇)に日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の折、この地に立ち寄り、物部天神社(櫛玉饒速日命)と國渭地祇神社(八千矛神)を創祀したのに始まるとされる。長徳元年(995年)、武蔵国司・菅原修成が勅命をもって京都北野天満宮の菅原道真の御霊を関東に勧請し、天満天神社をこの地に建立。これにより、「坂東第一北野天満宮」と称され、学問・天満信仰も取り入れられるようになる。社名「北野」もこのあたりから定着した。戦乱で社殿が荒廃する時期を経るが、天正19年(1591年)に前田利家によって再興され、徳川家康から朱印地八石を寄進される。さらに慶安2年(1649年)には社領が五十石に加増された。明治5年の社格制度においてはまず郷社とされ、その後明治34年に県社に列格される。大正元年には近隣の小手指神社・稲荷神社などを合祀し、現在の形態へなる。
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

正式名称

物部天神社・国渭地祇神社・天満天神社

公式URL

摂末社・境内社

情報募集

例祭

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文化財

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建築

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神紋

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出典
公式サイト
https://kitanotenjin.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%87%8E%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%89%80%E6%B2%A2%E5%B8%82)
埼玉県神社庁
https://www.saitama-jinjacho.or.jp/