玉村八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

玉村八幡宮

たまむらはちまんぐう

群馬県佐波郡玉村町下新田1番地

群馬県佐波郡玉村町下新田1番地

拝殿

Qurren(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 学業
  • 子供
玉村八幡宮には

「学業・技芸系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産 教育 子育て

御祭神

誉田別命 ほんだわけのみこと
気長足比売命 おきながたらしひめのみこと
比咩神 ひめのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

玉村八幡宮は群馬県佐波郡玉村町に鎮座する神社。御祭神は誉田別命、気長足比売命、比咩神の3柱をまつる。
玉村八幡宮の創建は、鎌倉時代の建久6年(1195年)に遡る。当時、源頼朝から上野奉行の安達藤九郎盛長に命じられ、鎌倉・鶴岡八幡宮から御分霊を勧請し、角渕村(現在の玉村町内)に「角渕八幡宮」として創建されたのが始まりである。その後、応永18年(1411年)には鎌倉公方・足利満兼によって堂舎や僧坊が再興され、永正4年(1507年)には白井城主・長尾氏が戦火で失われた堂舎の再建を行った。江戸時代初期、慶長10年(1605年)、関東郡代・伊奈忠次が当地の新田開発の成功を祈願し、その成就により慶長15年(1610年)に角渕の八幡宮の本殿を現在地(上新田・下新田の境、元中世の館跡)へ移築し、玉村八幡宮として奉斎された。さらに、慶安2年(1649年)には三代将軍・徳川家光より朱印地30石を賜り、前橋藩主・酒井氏による修理、貞享元年(1684年)には「八幡大菩薩」の神号が奉納されるなど、幕府・藩主の篤い崇敬を受けて発展していった。
室町時代の建築様式を伝える堂々たる本殿は、朱塗りの装飾と彩文が映える壮麗な建物であり、国指定重要文化財である。
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 淡島神社
祭神不明
境内社 猿田彦神社
祭神不明
末社 国魂神社
祭神不明
境内社 古峯神社
祭神不明
境内社 厳島神社
祭神不明
末社 五神社
熊野神社
飯玉神社
菅原神社
住吉神社
春日神社
境内社 稲荷神社
祭神不明
境内社 琴平神社
祭神不明
境内社 八坂神社
祭神不明

例祭

歳旦祭 1月1日
戌・亥八幡崇敬会大祭 旧暦初戌日・旧暦初亥日
春季例祭・太々講祭典 4月15日
八坂祭・夏越大祓 7月第4土曜日・日曜日
人形感謝大祭 10月初旬
例大祭 10月16日

文化財

玉村八幡宮本殿(附 棟札-6枚)
国 重要文化財
建造物 明治41年8月1日指定
玉村八幡宮末社国魂神社(旧玉村尋常高等小学校奉安殿)
国 登録文化財
建造物 平成26年10月7日指定
玉村八幡宮の建造物(拝殿・幣殿、隨神門、神楽殿)
玉村町 重要文化財
文化財種別不明 平成28年2月18日指定

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.tamamurahachimangu.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E6%9D%91%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
玉村町
https://www.town.tamamura.lg.jp/docs/2020040900052/
群馬県神社庁
https://www.gunma-jinjacho.jp/