金刀比羅神社 石岡市 - 神社ファン

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金刀比羅神社

ことひらじんじゃ

茨城県石岡市国府六丁目2番1号

茨城県石岡市国府六丁目2番1号

金刀比羅神社以外にも 石岡のこんぴらさん とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 安全
  • 厄除
金刀比羅神社には

「健康系」「仕事系」「安全系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

開運幸福の神 叡智開発の神 生命養育の神 海外渡航安全の神 交通守護の神 産業育成の神 病気平癒・医薬の神

御祭神

大物主神 おおものぬしのかみ
崇徳天皇 すとくてんのう
経津主神 ふつぬしのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

金毘羅系

です。
他に 「香取系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

金刀比羅神社は茨城県石岡市に鎮座する神社。御祭神は大物主神、崇徳天皇、経津主神の3柱をまつる。
金刀比羅神社の由緒は非常に古い。古代にはこの地が「森」「森木」「守木」と称され、神木を中心とする祭祀が行われていた「森の神社」としての起源を持つ。これは『常陸国風土記』の記述にも関連する。平安中期には、平高望(桓武天皇の曾孫)が当地に土着し、平氏ゆかりの地として神社祭祀が継承されていた。森木殿という御殿を中心に、森木寺や八大寺といった寺院まで付属していたという伝承がある。天正18年(1590年)、戦乱による焼失後、平氏の末裔である別当・八大院玄広によって神社は復興された。寛永~文政期にかけて、讃岐国金刀比羅宮(こんぴらさん)から御分霊を勧請することで「こんぴら信仰」に基づく神社として発展する。特に文政10年(1827年)には改めて金毘羅大権現を勧請し、地域での信仰の軸となった。明治期には、1878年の石岡大火で社殿が焼失し、1882年に再建された。本殿は1894年に神明造で新築された。1906年(明治39年)には香取神社を合祀し、社域の統合が進んだ。昭和4年(1929年)にも大火で焼失するが、1936年に伊勢神宮材や阿里山檜を用いて再建された。2000年(平成12年)にも不慮の火災で社殿を焼失したが、2005年から復興が始まり、2007年9月には現在の新しい社殿が完成した。
古くより「石岡のこんぴらさん」として親しまれ、海上安全や漁業者の守護神として広く信仰されてきた神社である。
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://www.kotohirajinja.or.jp/
茨城県神社庁
https://www.ibarakiken-jinjacho.or.jp/