有名度
前頭春日神社
かすがじんじゃ
山形県鶴岡市黒川字宮の下291
山形県鶴岡市黒川字宮の下291

かんたんご利益
- 仕事
- 学業
春日神社には
「仕事系」「学業・技芸系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
出世・開運 学業成就
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「春日系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
春日神社は山形県鶴岡市に鎮座する神社。御祭神は健御賀豆智命、伊波比主命、天津兒屋根命、比賣命の4柱をまつる。
社格は旧県社。
創建は平安時代初期の807年(大同2年)と伝えられている。現在の鶴岡市黒川に鎮座し、地域の鎮守として祭祀が続けられてきた。
中世には春日神社の祭祀とともに黒川能が行われるようになった。黒川能の起源を直接記した確実な史料は残されていないが、その成立は1400年代後半とみられている。以後、春日神社の神事能として黒川地区の氏子によって500年以上にわたり伝承されてきた。
中世の庄内を治めた武藤氏は黒川能を庇護したと伝えられている。春日神社の旧社殿に残された蛙股には武藤氏の家紋である六つ目結が彫られ、黒川能の諸役にも六つ目結の紋が用いられている。この蛙股は室町時代の春日神社宝物として伝存している。
江戸時代には庄内藩主酒井家が黒川能を保護した。1690年(元禄3年)2月上旬、6代藩主酒井忠真の時代に黒川能が初めて鶴ヶ岡城内で上覧された。その後も1733年(享保18年)、1734年(享保19年)、1773年(安永2年)、1807年(文化4年)、1834年(天保5年)、1843年(天保14年)、1845年(弘化2年)、1861年(文久元年)、1865年(慶応元年)などに城中で演じられ、酒井家から能装束や能面、道具類などが寄進された。
明治維新後も春日神社への黒川能の奉納は続き、1874年(明治7年)には旧庄内藩主の酒井忠発が春日神社を参拝して黒川能を鑑賞した。春日神社と黒川能の上座・下座には、江戸時代以前から受け継がれてきた能面や能装束などが現在も伝えられている。
黒川能は1970年(昭和45年)6月8日に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択され、1976年(昭和51年)5月4日に国の重要無形民俗文化財に指定された。現在も上座と下座の2つの座によって伝承され、能や狂言のほか、大地踏や式三番などが春日神社の祭祀で奉納されている。
春日神社の社殿には黒川能を奉納する能舞台が設けられている。拝殿中央に舞台があり、その左右に上座と下座の席、両側に橋掛かりと楽屋が設けられ、能舞台は神殿と向かい合う配置となっている。
春日神社と黒川能には数多くの文化財が伝えられている。国指定重要文化財には室町時代の蜀江狩衣、光狩衣、辻が花染小袖があり、山形県指定文化財には狩衣、厚板唐織、唐織、縫箔、長絹、厚板など21点がある。このほか、春日神社の宝物として室町時代の蛙股と狛犬、鎌倉時代の獅子頭、甲冑群などが伝わる。
春日神社では2月1日から2日の王祇祭、3月23日の祈年祭、5月3日の例大祭、11月23日の新嘗祭に黒川能が奉納される。王祇祭では2月1日未明、春日神社の神霊が宿る王祇様を上座・下座それぞれの当屋へ迎え、夕刻から大地踏、式三番、能5番、狂言4番を夜を徹して演じる。翌2日には王祇様が春日神社へ還り、神前で両座による大地踏、式三番、能などが奉納される。
社格は旧県社。
創建は平安時代初期の807年(大同2年)と伝えられている。現在の鶴岡市黒川に鎮座し、地域の鎮守として祭祀が続けられてきた。
中世には春日神社の祭祀とともに黒川能が行われるようになった。黒川能の起源を直接記した確実な史料は残されていないが、その成立は1400年代後半とみられている。以後、春日神社の神事能として黒川地区の氏子によって500年以上にわたり伝承されてきた。
中世の庄内を治めた武藤氏は黒川能を庇護したと伝えられている。春日神社の旧社殿に残された蛙股には武藤氏の家紋である六つ目結が彫られ、黒川能の諸役にも六つ目結の紋が用いられている。この蛙股は室町時代の春日神社宝物として伝存している。
江戸時代には庄内藩主酒井家が黒川能を保護した。1690年(元禄3年)2月上旬、6代藩主酒井忠真の時代に黒川能が初めて鶴ヶ岡城内で上覧された。その後も1733年(享保18年)、1734年(享保19年)、1773年(安永2年)、1807年(文化4年)、1834年(天保5年)、1843年(天保14年)、1845年(弘化2年)、1861年(文久元年)、1865年(慶応元年)などに城中で演じられ、酒井家から能装束や能面、道具類などが寄進された。
明治維新後も春日神社への黒川能の奉納は続き、1874年(明治7年)には旧庄内藩主の酒井忠発が春日神社を参拝して黒川能を鑑賞した。春日神社と黒川能の上座・下座には、江戸時代以前から受け継がれてきた能面や能装束などが現在も伝えられている。
黒川能は1970年(昭和45年)6月8日に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択され、1976年(昭和51年)5月4日に国の重要無形民俗文化財に指定された。現在も上座と下座の2つの座によって伝承され、能や狂言のほか、大地踏や式三番などが春日神社の祭祀で奉納されている。
春日神社の社殿には黒川能を奉納する能舞台が設けられている。拝殿中央に舞台があり、その左右に上座と下座の席、両側に橋掛かりと楽屋が設けられ、能舞台は神殿と向かい合う配置となっている。
春日神社と黒川能には数多くの文化財が伝えられている。国指定重要文化財には室町時代の蜀江狩衣、光狩衣、辻が花染小袖があり、山形県指定文化財には狩衣、厚板唐織、唐織、縫箔、長絹、厚板など21点がある。このほか、春日神社の宝物として室町時代の蛙股と狛犬、鎌倉時代の獅子頭、甲冑群などが伝わる。
春日神社では2月1日から2日の王祇祭、3月23日の祈年祭、5月3日の例大祭、11月23日の新嘗祭に黒川能が奉納される。王祇祭では2月1日未明、春日神社の神霊が宿る王祇様を上座・下座それぞれの当屋へ迎え、夕刻から大地踏、式三番、能5番、狂言4番を夜を徹して演じる。翌2日には王祇様が春日神社へ還り、神前で両座による大地踏、式三番、能などが奉納される。
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出典
山形県神社庁
https://yamagata-jinjyacho.or.jp/
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