有名度
前頭諏訪神社
すわじんじゃ
秋田県大仙市大曲上大町12-22
秋田県大仙市大曲上大町12-22

かんたんご利益
- 仕事
- 家庭
- 勝負
諏訪神社には
「仕事系」「家庭系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 家内安全 武運長久
御祭神
健御名方大神 たけみなかたのおおかみ
八坂刀売大神 やさかとめのおおかみ
天照皇大神 あまてらすすめおおかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「諏訪系」
です。他に 「伊勢・神明系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
諏訪神社は秋田県大仙市に鎮座する神社。御祭神は健御名方大神、八坂刀売大神、天照皇大神の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
創建は平安時代初期の延暦20年(801)と伝えられる。桓武天皇の時代、坂上田村麻呂が征夷大将軍として東北地方へ下向し、大曲で真昼山の賊徒を討った。田村麻呂は現在の大曲にあった古館を陣所とし、凱旋の際に古館へ神殿を造営して健御名方大神を祀った。これが諏訪神社の始まりとされる。
文亀元年(1501)、前田又左衛門道信が古館に居住し、諏訪神社を修繕するとともに八坂刀売大神を合祀した。道信の二男である前田薩摩守利信も諏訪神社を崇敬し、数々の戦功を諏訪大神の加護によるものとして信仰したという。その後、一族の又四郎が修験者となり、諏訪神社の社務を掌った。
貞享2年(1685)、秋田藩主佐竹義処が古館の地に本陣を定めた際、諏訪神社は現在地へ遷座した。
元禄元年(1688)には火災により、古くから伝わっていた記録を焼失した。享保11年(1726)にも火災で社殿が焼失し、社記が失われた。翌享保12年(1727)、現在の大仙市太田町横沢から本殿を譲り受けて建立した。享保14年(1729)には綱引きの行事が始まったと伝えられている。
天保14年(1843)、佐竹氏から藩主崇敬の神社に列せられた。祭典には家老が遣わされて藩主に代わって参拝し、佐竹氏から懸額や燈籠などが寄進された。
明治6年(1873)に郷社に列し、明治40年(1907)には神饌幣帛料供進神社に指定された。明治43年(1910)には諏訪神社の祭りの余興として「奥羽六県煙火共進会」が開催され、現在の全国花火競技大会「大曲の花火」へと受け継がれている。昭和6年(1931)には古町神明社の天照皇大神を合祀した。
昭和41年(1966)1月6日、放火によって社殿が焼失した。同年に再建奉賛会が結成され、氏子や崇敬者から3年間にわたって浄財を募った。鉄筋コンクリート造、木造銅板葺きの屋根を持つ新たな社殿が建設され、昭和44年(1969)8月に遷座が行われた。
平成23年(2011)にはコンクリート外壁のひび割れや屋根銅板の劣化に加え、豪雪によって本殿の千木・鰹木や拝殿屋根の銅板が損傷した。諏訪神社奉賛会事業実行委員会が組織され、氏子や崇敬者から奉賛を募り、約2000万円をかけて社殿を改修した。同年9月11日に遷座が行われた。
祭事には綱引きや梵天祭がある。綱引きは享保14年(1729)に始まったと伝えられ、現在も小正月の行事として行われている。梵天祭は2月26日に行われる。このほか、御指棒入が特殊神事として伝えられている。
社格は旧郷社。
創建は平安時代初期の延暦20年(801)と伝えられる。桓武天皇の時代、坂上田村麻呂が征夷大将軍として東北地方へ下向し、大曲で真昼山の賊徒を討った。田村麻呂は現在の大曲にあった古館を陣所とし、凱旋の際に古館へ神殿を造営して健御名方大神を祀った。これが諏訪神社の始まりとされる。
文亀元年(1501)、前田又左衛門道信が古館に居住し、諏訪神社を修繕するとともに八坂刀売大神を合祀した。道信の二男である前田薩摩守利信も諏訪神社を崇敬し、数々の戦功を諏訪大神の加護によるものとして信仰したという。その後、一族の又四郎が修験者となり、諏訪神社の社務を掌った。
貞享2年(1685)、秋田藩主佐竹義処が古館の地に本陣を定めた際、諏訪神社は現在地へ遷座した。
元禄元年(1688)には火災により、古くから伝わっていた記録を焼失した。享保11年(1726)にも火災で社殿が焼失し、社記が失われた。翌享保12年(1727)、現在の大仙市太田町横沢から本殿を譲り受けて建立した。享保14年(1729)には綱引きの行事が始まったと伝えられている。
天保14年(1843)、佐竹氏から藩主崇敬の神社に列せられた。祭典には家老が遣わされて藩主に代わって参拝し、佐竹氏から懸額や燈籠などが寄進された。
明治6年(1873)に郷社に列し、明治40年(1907)には神饌幣帛料供進神社に指定された。明治43年(1910)には諏訪神社の祭りの余興として「奥羽六県煙火共進会」が開催され、現在の全国花火競技大会「大曲の花火」へと受け継がれている。昭和6年(1931)には古町神明社の天照皇大神を合祀した。
昭和41年(1966)1月6日、放火によって社殿が焼失した。同年に再建奉賛会が結成され、氏子や崇敬者から3年間にわたって浄財を募った。鉄筋コンクリート造、木造銅板葺きの屋根を持つ新たな社殿が建設され、昭和44年(1969)8月に遷座が行われた。
平成23年(2011)にはコンクリート外壁のひび割れや屋根銅板の劣化に加え、豪雪によって本殿の千木・鰹木や拝殿屋根の銅板が損傷した。諏訪神社奉賛会事業実行委員会が組織され、氏子や崇敬者から奉賛を募り、約2000万円をかけて社殿を改修した。同年9月11日に遷座が行われた。
祭事には綱引きや梵天祭がある。綱引きは享保14年(1729)に始まったと伝えられ、現在も小正月の行事として行われている。梵天祭は2月26日に行われる。このほか、御指棒入が特殊神事として伝えられている。
スポンサーリンク
神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
