勅宣日宮駒形根神社 - 神社ファン

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勅宣日宮駒形根神社

ちょくせんひるみやこまがたねじんじゃ

宮城県栗原市栗駒沼倉一ノ宮7

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宮城県栗原市栗駒沼倉一ノ宮7

勅宣日宮駒形根神社以外にも 勅宣日宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
勅宣日宮駒形根神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

社業繁栄 畜産業守護 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

駒形系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

勅宣日宮駒形根神社は宮城県栗原市に鎮座する神社。御祭神は大日孁尊、天常立尊、吾勝尊、國常立尊、天津彦番邇々藝尊、神日本磐余彦火々出見尊の6柱をまつる。
社格は式内社で、旧郷社。
社記では、日本武尊が東征した際、大日孁尊をはじめとする6柱の神々に祈願して創建したと伝える。駒形嶽を奥宮、沼倉を里宮とし、古くから日宮と称した。
延暦20年(801)、坂上田村麻呂が奥羽鎮定を祈願し、東の一関三島、西の花山、南の尾松大鳥、北の秋田仙北に四大門を建て、「駒形根大明神」の大額を奉納したと伝えられている。
嘉祥3年(850)には駒形山大昼寺が建立され、修験の地となった。仁寿元年(851)に正五位、貞観元年(859)には正一位を授けられ、「勅宣日宮」の称号を賜ったと伝える。延長5年(927)に成立した『延喜式』神名帳には、陸奥国栗原郡の「駒形根神社」として記載された。
その後、源氏や平泉藤原氏から崇敬を受け、武具や祭田が奉納されたと伝えられている。社伝では四大宮司、30禰宜、60社家を擁したとされ、お駒精進講、お駒講、駒形講なども各地で営まれた。
元文4年(1739)に仏教から分離し、御巡幸が始まったと伝える。寛保3年(1743)には桜町天皇から御宣命と御宸筆の扁額を賜った。明治4年(1871)、郷社に列した。
昭和3年(1928)、栗駒山頂に奥宮が建立された。その後、風雪によって朽ちたため、昭和62年(1987)に再建された。現在も栗駒山頂に奥宮、沼倉に里宮が鎮座する。
駒形根神社の「巡幸神事」は宮城県指定無形民俗文化財である。記録は明和5年(1768)まで遡り、その後は不定期ながら、およそ3~5年ごとに「ご巡幸」と称して行われてきた。
巡幸では神輿を中心に、先頭と最後尾に騎馬を配し、その間を諸役が供奉する。「小休場」では少年たちによる「矢射り」、お駒橋では「濱入り」が行われる。沼倉地区の住民約400人が参加し、行列は全長約500mに及ぶ。例祭は4月29日と9月23日に行われる。
  • 郷社
  • 式内社(不明)
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神社詳細

正式名称

駒形根神社

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

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神紋

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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/