有名度
前頭日高見神社
ひたかみじんじゃ
宮城県石巻市桃生町太田字拾貫壱-80
宮城県石巻市桃生町太田字拾貫壱-80

かんたんご利益
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
日高見神社は宮城県石巻市に鎮座する神社。御祭神は天日別尊、天照大神、日本武尊、武内宿禰尊の4柱をまつる。
式内社であり、旧郷社。
社伝では、古くこの地方に伊勢津彦尊が居住し、高皇産霊神の子孫である天日別尊が平定したとされる。神武天皇の時代には天日別尊を祀り、「日高見宮」と称したと伝えられている。
景行天皇25年、武内宿禰が北陸と東国を巡察し、同27年に東方の「日高見国」について奏上した。同40年には日本武尊が上総から海路で陸奥へ入り、竹水門を経て日高見国へ向かい、天照大神を祀って日高見神社を建立したと伝えられる。
宝亀11年(780)の『続日本紀』には、百済王俊哲らが賊に包囲された際、桃生・白河などの11社へ祈願した記事があり、これが日高見神社の文献上の初見とされる。延暦21年(802)には正五位上勲五等に叙せられたと伝えられ、貞観元年(859)の『日本三代実録』には「陸奥国日高見水神」に従四位下を授けた記事がある。
延長5年(927)に完成した『延喜式』神名帳には、陸奥国桃生郡6座のうちの1社として日高見神社が記載された。
康平年間(1058~1065)、源義家が神殿を造営し、日本武尊と武内宿禰尊を併祀して祭田を寄進したと伝えられる。境内のケヤキには、源義家が前九年の役の際に身を隠したとの伝承も残る。
中世には藤原安比、藤原蠏守、藤原稜威が大和国から移り、社務に従事した。応永年間(1394~1428)には兵火で社頭や社領を失ったが、大和家が社務を継承した。寛永年間(1624~1644)には聖護院宮門徒となり、鴻巣山東仙院の称号を受けた。
天正19年(1591)、山内首藤氏と葛西氏の争いに伴う兵火で社殿と社蔵文書を失い、宝永年間(1704~1711)に社殿が再建された。『安永風土記』には社地の東南から神鉾3支が発見されたとの記録があり、嘉永3年(1850)には勾玉3顆が発見されたと伝えられている。
明治5年(1872)に郷社へ列格した。明治40年(1907)には周辺の愛宕神社、清川神社、薬田神社、初雷神社、熊野神社、八幡神社を合祀し、神饌幣帛料供進神社に指定された。現在の社殿は昭和25年(1950)の造営で、寛永年間に制作されたと伝わる日本武尊と武内宿禰尊の神像が祀られている。
境内のケヤキは平成16年(2004)に石巻市天然記念物に指定された。日高見神社の本地仏と伝わる木造十一面観音立像は、像高273.6cm、カヤ材による一木造の鎌倉時代の像で、宮城県の有形文化財に指定されている。例祭日は4月19日と9月19日である。
式内社であり、旧郷社。
社伝では、古くこの地方に伊勢津彦尊が居住し、高皇産霊神の子孫である天日別尊が平定したとされる。神武天皇の時代には天日別尊を祀り、「日高見宮」と称したと伝えられている。
景行天皇25年、武内宿禰が北陸と東国を巡察し、同27年に東方の「日高見国」について奏上した。同40年には日本武尊が上総から海路で陸奥へ入り、竹水門を経て日高見国へ向かい、天照大神を祀って日高見神社を建立したと伝えられる。
宝亀11年(780)の『続日本紀』には、百済王俊哲らが賊に包囲された際、桃生・白河などの11社へ祈願した記事があり、これが日高見神社の文献上の初見とされる。延暦21年(802)には正五位上勲五等に叙せられたと伝えられ、貞観元年(859)の『日本三代実録』には「陸奥国日高見水神」に従四位下を授けた記事がある。
延長5年(927)に完成した『延喜式』神名帳には、陸奥国桃生郡6座のうちの1社として日高見神社が記載された。
康平年間(1058~1065)、源義家が神殿を造営し、日本武尊と武内宿禰尊を併祀して祭田を寄進したと伝えられる。境内のケヤキには、源義家が前九年の役の際に身を隠したとの伝承も残る。
中世には藤原安比、藤原蠏守、藤原稜威が大和国から移り、社務に従事した。応永年間(1394~1428)には兵火で社頭や社領を失ったが、大和家が社務を継承した。寛永年間(1624~1644)には聖護院宮門徒となり、鴻巣山東仙院の称号を受けた。
天正19年(1591)、山内首藤氏と葛西氏の争いに伴う兵火で社殿と社蔵文書を失い、宝永年間(1704~1711)に社殿が再建された。『安永風土記』には社地の東南から神鉾3支が発見されたとの記録があり、嘉永3年(1850)には勾玉3顆が発見されたと伝えられている。
明治5年(1872)に郷社へ列格した。明治40年(1907)には周辺の愛宕神社、清川神社、薬田神社、初雷神社、熊野神社、八幡神社を合祀し、神饌幣帛料供進神社に指定された。現在の社殿は昭和25年(1950)の造営で、寛永年間に制作されたと伝わる日本武尊と武内宿禰尊の神像が祀られている。
境内のケヤキは平成16年(2004)に石巻市天然記念物に指定された。日高見神社の本地仏と伝わる木造十一面観音立像は、像高273.6cm、カヤ材による一木造の鎌倉時代の像で、宮城県の有形文化財に指定されている。例祭日は4月19日と9月19日である。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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