配志和神社 - 神社ファン

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配志和神社

はいしわじんじゃ

岩手県一関市山目字舘56

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岩手県一関市山目字舘56

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 厄除
  • 家庭
配志和神社には

「仕事系」「子供系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

火難除け 安産 夫婦円満 酒造守護

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(2柱)」 「浅間・サクヤビメ系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

配志和神社は岩手県一関市に鎮座する神社。御祭神は高皇産霊尊、瓊瓊杵尊、木花開耶姫命の3柱をまつる。
式内社であり、旧県社。
社伝によれば、日本武尊が東征の際に磐座山へ神を祀り、「火石和宮」と称したことを創始とする。創建年代を裏付ける同時代の史料は確認されていないが、日本武尊の東征にまつわる由緒が伝えられている。
平安時代の仁寿2年(852)には神階を授けられたと伝わる。延喜年間(901~923)には磐座山から現在地へ遷座し、延長5年(927)に成立した『延喜式』神名帳には、陸奥国磐井郡の式内社として「配志和神社」の名が記載された。
中世には西岩井や流地域から崇敬を集めたが、応仁年間(1467~1469)の戦乱によって社殿や古記録などを焼失したと伝えられている。その後は「蘭梅明神」または「梅の宮」と称される時期が続いた。
江戸時代になると、蘭梅明神を『延喜式』神名帳に記載された配志和神社に比定する説が唱えられ、再び配志和神社の社号が用いられるようになった。現在の社殿は正徳元年(1711)の造営と推定されている。「県社配志和神社略記」には本殿と拝殿の改築に関する記録が残り、現在の本殿も拝殿と同じ江戸時代中期の建築とみられている。
明治維新後は近代社格制度のもとで郷社に列格し、その後、県社へ昇格した。
現在の社殿は本殿・幣殿・拝殿からなり、一関市指定文化財となっている。境内には愛宕神社、神明社、八幡神社、天神社、八雲神社、荒神社などの境内社も祀られている。
本殿前には「夫婦杉」と呼ばれる2本の大杉がそびえる。北側のスギは目通り周囲7.18m、南側は4.83mで、樹高はいずれも約42m、樹齢は1000年以上と推定される。一関市指定天然記念物であり、配志和神社の御神木として保護されている。
参道には山上の社殿へ向かう長い石段があり、446段、距離約340mに及ぶ。例祭は毎年5月1日に斎行される。
  • 式内社(不明)
  • 県社
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/