有名度
十両大杵根神社
おほきねじんじゃ
青森県弘前市田茂木町93
青森県弘前市田茂木町93

かんたんご利益
- 恋愛
- 仕事
- 子供
大杵根神社には
「恋愛系」「仕事系」「子供系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
縁結び 五穀豊穣 商売繁盛 子授け 豊漁
御祭神
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大杵根神社は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は国作大己貴命、事代主命、天穂日命の3柱をまつる。
一時衰退し、熊野宮の相殿にまつられていたと伝えられる。延宝5年(1677年)の『弘前惣御絵図』には、禰宜町東側に山王社が描かれており、この頃にはすでに社殿が存在していたことがわかる。元禄10年(1697年)、禰宜町東方の田中に立つ大木に神託があったことから、山王権現の社殿が再建された。元文4年(1739年)8月の大風では、境内の御神木であった槻の大木「田茂の木」が倒れ、この木が田茂木町の町名の由来になったと伝えられている。明治6年(1873年)の神社制度改正により一度廃社となったが、神主・長利仲聴の尽力によって再建が願われ、明治8年(1875年)に私祭の無格社として再興された。さらに明治11年(1878年)には一般の参拝が認められ、以後は通常の神社として祭祀が続けられている。藩政時代には山王社、山王宮、山王権現などの名で呼ばれていた。
一時衰退し、熊野宮の相殿にまつられていたと伝えられる。延宝5年(1677年)の『弘前惣御絵図』には、禰宜町東側に山王社が描かれており、この頃にはすでに社殿が存在していたことがわかる。元禄10年(1697年)、禰宜町東方の田中に立つ大木に神託があったことから、山王権現の社殿が再建された。元文4年(1739年)8月の大風では、境内の御神木であった槻の大木「田茂の木」が倒れ、この木が田茂木町の町名の由来になったと伝えられている。明治6年(1873年)の神社制度改正により一度廃社となったが、神主・長利仲聴の尽力によって再建が願われ、明治8年(1875年)に私祭の無格社として再興された。さらに明治11年(1878年)には一般の参拝が認められ、以後は通常の神社として祭祀が続けられている。藩政時代には山王社、山王宮、山王権現などの名で呼ばれていた。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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