有名度
十両下多寄神社
しもたよろじんじゃ
北海道名寄市風連町字瑞生63番地
北海道名寄市風連町字瑞生63番地

かんたんご利益
- 健康
- 仕事
- 子供
- 家庭
下多寄神社には
「健康系」「仕事系」「子供系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
商売繁盛 子孫繁栄 病気平癒 家内安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「開拓三神系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
下多寄神社は北海道名寄市に鎮座する神社。御祭神は大国魂神、大己貴神、少彦名神の3柱をまつる。
明治38年(1905年)の創祀と伝えられ、明治40年(1907年)7月に社殿を造営し、札幌神社から御神霊を迎えて奉斎した。下多寄地区には明治36年(1903年)から明治37年(1904年)頃にかけて富山県出身者が多く移住しており、社殿の新築に際して青年団長と有志が発起人となり、郷里に伝わる獅子舞を奉納することを決めた。
富山県砺波郡井波町で獅子舞一式を注文して持ち帰り、明治41年(1908年)8月に初めて奉納した。この獅子舞は風連獅子舞として継承され、昭和52年(1977年)4月1日に風連町の無形文化財に指定された。
創建から約30年を経て境内が手狭になったため、昭和12年(1937年)、天皇の北海道行幸を記念して新たな境内地を買収した。昭和44年(1969年)10月16日に宗教法人の認可を受け、翌昭和45年(1970年)9月5日の例祭にあわせて宗教法人設立奉告祭を斎行した。昭和47年(1972年)9月5日には、明治37年(1904年)6月創祀の橿原神社を合祀し、平成12年(2000年)5月1日には境内社の明治神社を合祀した。
旧社格は無格社、社殿は流造で、例祭日は毎年9月6日である。現在も風連獅子舞とともに、下多寄地区の歴史と信仰を伝える神社として受け継がれている。
明治38年(1905年)の創祀と伝えられ、明治40年(1907年)7月に社殿を造営し、札幌神社から御神霊を迎えて奉斎した。下多寄地区には明治36年(1903年)から明治37年(1904年)頃にかけて富山県出身者が多く移住しており、社殿の新築に際して青年団長と有志が発起人となり、郷里に伝わる獅子舞を奉納することを決めた。
富山県砺波郡井波町で獅子舞一式を注文して持ち帰り、明治41年(1908年)8月に初めて奉納した。この獅子舞は風連獅子舞として継承され、昭和52年(1977年)4月1日に風連町の無形文化財に指定された。
創建から約30年を経て境内が手狭になったため、昭和12年(1937年)、天皇の北海道行幸を記念して新たな境内地を買収した。昭和44年(1969年)10月16日に宗教法人の認可を受け、翌昭和45年(1970年)9月5日の例祭にあわせて宗教法人設立奉告祭を斎行した。昭和47年(1972年)9月5日には、明治37年(1904年)6月創祀の橿原神社を合祀し、平成12年(2000年)5月1日には境内社の明治神社を合祀した。
旧社格は無格社、社殿は流造で、例祭日は毎年9月6日である。現在も風連獅子舞とともに、下多寄地区の歴史と信仰を伝える神社として受け継がれている。
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神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
例祭 9月6日
文化財
風連獅子舞
名寄市 無形文化財
文化財種類不明 平成18年3月27日
文化財種類不明 平成18年3月27日
建築
本殿 流造
神紋
情報募集
出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
https://hokkaidojinjacho.jp/
