有名度
十両寿都神社
すっつじんじゃ
北海道寿都郡寿都町字渡島町127番地ノ2
北海道寿都郡寿都町字渡島町127番地ノ2

かんたんご利益
- 仕事
- 金運
- 安全
寿都神社には
「仕事系」「金運系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
海上安全 豊漁 財運向上
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「宗像・厳島系」
です。他に 「稲荷系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
寿都神社は北海道寿都郡寿都町に鎮座する神社。御祭神は市杵島比賣命、倉稲魂命、豊宇気比売命の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
寛永4年(1627)4月、筑紫国から北海道へ向かっていた弁天丸が暴風に遭い、漂流の末に寿都湾で座礁・大破した。救助された乗組員は、その感謝の意を込めて船中で祀っていた弁天神を岩崎村の祠に奉斎し、神鏡を納めて海上安全の守護神として祀ったことが当社の起源と伝えられる。その後、この地が松前藩士鈴木喜三郎の知行する漁場となると、協議のうえ新たな社殿が建立された。明治5年(1872)8月には厳島神社と改称し、郷社に列せられた。明治13年(1880)11月12日には現在地へ遷座し、明治32年(1899)10月23日には本殿と幣殿を新築した。同年、強風で境内の稲荷神社が損壊したため本社への合祀を出願し、明治33年(1900)3月28日に許可された。さらに明治34年(1901)12月には神楽殿と社務所を増築し、大正6年(1917)には本殿と社務所を改修した。大正14年(1925)9月30日には村社稲荷神社を合祀し、同年11月に寿都神社へ改称した。昭和5年(1930)7月には境内地を拡張整備するとともに、寿都敬神会の寄付により神楽殿を再建した。昭和52年(1977)11月には国道229号線の道路改修に伴い現在地へ移転し、社殿、神楽殿、神輿殿、社務所などを改築するとともに、同月に三町稲荷神社を境内社として遷座した。社殿様式は流造で、例祭は毎年7月15日に執り行われる。
社格は旧郷社。
寛永4年(1627)4月、筑紫国から北海道へ向かっていた弁天丸が暴風に遭い、漂流の末に寿都湾で座礁・大破した。救助された乗組員は、その感謝の意を込めて船中で祀っていた弁天神を岩崎村の祠に奉斎し、神鏡を納めて海上安全の守護神として祀ったことが当社の起源と伝えられる。その後、この地が松前藩士鈴木喜三郎の知行する漁場となると、協議のうえ新たな社殿が建立された。明治5年(1872)8月には厳島神社と改称し、郷社に列せられた。明治13年(1880)11月12日には現在地へ遷座し、明治32年(1899)10月23日には本殿と幣殿を新築した。同年、強風で境内の稲荷神社が損壊したため本社への合祀を出願し、明治33年(1900)3月28日に許可された。さらに明治34年(1901)12月には神楽殿と社務所を増築し、大正6年(1917)には本殿と社務所を改修した。大正14年(1925)9月30日には村社稲荷神社を合祀し、同年11月に寿都神社へ改称した。昭和5年(1930)7月には境内地を拡張整備するとともに、寿都敬神会の寄付により神楽殿を再建した。昭和52年(1977)11月には国道229号線の道路改修に伴い現在地へ移転し、社殿、神楽殿、神輿殿、社務所などを改築するとともに、同月に三町稲荷神社を境内社として遷座した。社殿様式は流造で、例祭は毎年7月15日に執り行われる。
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
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