有名度
十両久遠神社
くどうじんじゃ
北海道久遠郡せたな町大成区本陣70番地1
北海道久遠郡せたな町大成区本陣70番地1

かんたんご利益
- 仕事
久遠神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。他に 「伊勢・神明系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
久遠神社は北海道久遠郡せたな町に鎮座する神社。御祭神は大饌津神、天宇受賣命、天照大御神の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
宝永元年(1704)、久遠郡平田村字臼別に創建され、当初はウスベツ神社と称していた。宝永4年(1707)8月、運上屋の移転に伴い、漁民一同の協議により艘澗村へ遷座した。明治元年(1868)までは稲荷神社と称していたが、明治2年(1869)、福岡藩所領となった際に天照御大神を増祀し、久遠神社と改称した。
明治9年(1876)10月1日に郷社へ列せられた。明治26年(1893)には氏子の山田久吉らが中心となって郡内の氏子から寄付を募り、翌明治27年(1894)に拝殿が竣工した。しかし、明治38年(1905)10月8日の火災で社殿が類焼し、明治42年(1909)11月10日に再建された。明治44年(1911)には村社稲荷神社、村社琴平神社、無格社稲荷神社、海神社を合祀している。
大正11年(1922)12月には境内拡張と社殿移転を出願し、翌大正12年(1923)1月12日に許可を受け、同年4月に工事を完了した。昭和7年(1932)10月3日には火災により本殿が半焼、拝殿が全焼したため、御祭神を一時上古丹村の村社稲荷神社へ奉遷し、急遽仮社殿を造営して遷座した。
社殿は流造で、例祭は毎年7月16日に執り行われる。
社格は旧郷社。
宝永元年(1704)、久遠郡平田村字臼別に創建され、当初はウスベツ神社と称していた。宝永4年(1707)8月、運上屋の移転に伴い、漁民一同の協議により艘澗村へ遷座した。明治元年(1868)までは稲荷神社と称していたが、明治2年(1869)、福岡藩所領となった際に天照御大神を増祀し、久遠神社と改称した。
明治9年(1876)10月1日に郷社へ列せられた。明治26年(1893)には氏子の山田久吉らが中心となって郡内の氏子から寄付を募り、翌明治27年(1894)に拝殿が竣工した。しかし、明治38年(1905)10月8日の火災で社殿が類焼し、明治42年(1909)11月10日に再建された。明治44年(1911)には村社稲荷神社、村社琴平神社、無格社稲荷神社、海神社を合祀している。
大正11年(1922)12月には境内拡張と社殿移転を出願し、翌大正12年(1923)1月12日に許可を受け、同年4月に工事を完了した。昭和7年(1932)10月3日には火災により本殿が半焼、拝殿が全焼したため、御祭神を一時上古丹村の村社稲荷神社へ奉遷し、急遽仮社殿を造営して遷座した。
社殿は流造で、例祭は毎年7月16日に執り行われる。
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
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