伊美別宮社 - 神社ファン

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伊美別宮社

いみべつぐうしゃ

大分県国東市国見町伊美2710

大分県国東市国見町伊美2710

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 勝負
伊美別宮社には

「仕事系」「子供系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

品陀和気命 ほんだわけのみこと
帯中日子命 たらしなかつひこのみこと
息長帯比賣命 おきながたらしひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

伊美別宮社は大分県国東市に鎮座する神社。御祭神は品陀和気命、帯中日子命、息長帯比賣命の3柱をまつる。
社格は旧県社。
伊美別宮社の創建は仁和2年(886)と伝わる。光孝天皇の御代、領家の小深田民部大輔盛勝が領主片見貞信の命を受け、山城国男山の石清水八幡宮から御分霊を奉じた。随神司官の藤原朝臣桐畑左京大輔盛重とともに周防国祝島を経て8月6日に伊美浦へ到着し、御分霊は野田村の仮宮に奉安された。同年10月14日には入江島に社殿が造営され、伊美郷の守護神として奉祀されたことが社伝に伝えられている。
正応3年(1290)には、銘を刻む石造宝塔が建立された。この宝塔は別宮社国東塔と呼ばれ、国東半島に現存する国東塔の中でも最大級の規模を誇る。明治初期の廃仏毀釈で一度取り壊されたが、昭和初期に復元され、昭和33年(1958)3月25日に大分県指定有形文化財となった。
境内には楼門や回廊、社殿、石造物が並び、別宮社国東塔は総高約4.8m、塔身には正応3年(1290)の銘が残されている。
祭礼では、神楽や神舞、流鏑馬が現在まで受け継がれている。別宮社の神楽と別宮社神舞行事は昭和48年(1973)3月20日に選択無形民俗文化財となり、伊美別宮社やぶさめは昭和56年(1981)3月31日に選択無形民俗文化財となった。秋季大祭は毎年10月15日に行われ、流鏑馬神事では騎馬の射手が馬場を駆け抜けて的を射る。宵宮祭では別宮社里楽師による神楽が奉納され、祝島を舞台とする神舞行事は4年に1度執り行われる。
  • 県社
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神社詳細

摂末社・境内社

摂社 高良社
祭神不明
境内社 宮重社
祭神不明
境内社 金毘羅宮・瑜伽宮
祭神不明
摂社 若宮社
祭神不明
境内社 今熊稲荷社
祭神不明
境内社 今熊社
桐畑左京大輔成重

例祭

例大祭 10月15日
お種戻し 日付不明(毎年)
別宮社神舞行事 日付不明(4年に1度、閏年)

文化財

石造宝塔
大分県 有形文化財
建造物 昭和33年3月25日指定
別宮社の神楽
大分県 無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和48年3月20日指定
別宮社神舞行事
大分県 選択無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和48年3月20日選択
別宮社やぶさめ
大分県 選択無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和56年3月31日選択
伊美別宮社石橋
国東市 有形文化財
建造物 平成23年3月30日指定

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E7%BE%8E%E5%88%A5%E5%AE%AE%E7%A4%BE
大分県
https://oita-digitalzukan.jp/
国東市
https://www.city.kunisaki.oita.jp/site/kyouikukage/siteibunkazai.html