火男火売神社 下宮 - 神社ファン

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火男火売神社 下宮

ほのおほのめじんじゃ

大分県別府市大字火売町8-1

大分県別府市大字火売町8-1

拝殿

COUNTR(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

伊邪那岐神 いざなぎのかみ
伊邪那美神 いざなみのかみ
火迦具土神 ほのかぐつちのかみ
大山祇神 おおやまづみのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

火男火売神社 下宮は大分県別府市に鎮座する神社。御祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神、火迦具土神、大山祇神の4柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
火男火売神社の創祀は、社伝によれば宝亀2年(771年)である。鶴見岳の男嶽と女嶽に関わる火男神と火売神をまつる神社として創建され、山頂の上宮、中腹の中宮、山麓の下宮による祭祀が古くから行われてきた。
嘉祥2年(849年)6月1日には、『続日本後紀』に火男火咩神が従五位下の神階を授けられたことが記録された。火男火売神社は、この頃にはすでに朝廷の記録に名を残している。貞観9年(867年)1月20日には鶴見岳が噴火した。同年2月26日には『日本三代実録』に従五位上火男神と従五位下火売神の神階授与が記され、8月16日には火男神と火咩神がともに正五位下に昇叙された。また同年、朝廷の命を受けた豊後国司によって、火男火売神社の神前で大般若経が読誦されたことも記録されている。
延長5年(927年)に成立した『延喜式』神名帳には、豊後国速見郡の式内社として「火男火売神社二座」が記載された。平安時代を通じて祭祀は継続され、神社の名は朝廷の記録に残された。
建治2年(1276年)には、一遍上人が別府を訪れたと伝わる。一遍上人に関する伝承は鶴見権現や鉄輪温泉周辺にも残され、「玖倍理湯の井」や石風呂に関わる話が伝えられている。
戦国時代の天正年間には、大友宗麟によって社殿が焼失し、古文書も失われたと伝わる。その後、寛文4年(1664年)に森藩主の久留島道清が下宮を再建した。近世には鶴見権現の名でも崇敬を集め、鶴見村周辺の信仰の中心として祭祀が続けられた。
下宮の境内には、大分県指定天然記念物の「鶴見権現社のイチイガシ林」がある。指定日は昭和50年(1975年)3月28日である。社叢にはイチイガシを中心とした照葉樹林が残されている。
火男火売神社は、鶴見岳山頂の上宮、東山の中宮、火売の下宮の三宮によって構成される。下宮は火売の集落に鎮座し、現在も三宮による祭祀が受け継がれている。
  • 県社
  • 式内社(不明)
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E7%94%B7%E7%81%AB%E5%A3%B2%E7%A5%9E%E7%A4%BE