鳥居・心字の池・手水舎 | 武雄神社 - 神社ファン

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武雄神社

たけおじんじゃ

佐賀県武雄市武雄町大字武雄5335

鳥居・心字の池・手水舎

更新日:2026年1月3日

一ノ鳥居

一ノ鳥居は、本殿から少し離れた「武雄てくてく通り」から少し入った場所にあります。1641年(寛永18年)、22代佐賀藩自治領武雄領主であり、武雄鍋島家3代当主の鍋島茂和(なべしましげかず)公により建立されました。一ノ鳥居は佐賀県特有の肥前鳥居型で、笠木と島木が一体となっており木鼻は流線型、柱は三本継で根元が太いという特徴を持っています。高さ4.7m、笠木長さは5.8m、柱間は2.7mです。歴史ある鳥居は1973(昭和48)年、武雄市の重要文化財に指定されました。鳥居の横には一般道を挟んで流鏑馬馬場が140間(255m)神社入口まで続きます。
一の鳥居Peka(CC 表示-継承 4.0 Wikipedia)

二ノ鳥居

一ノ鳥居を超えて真っ直ぐ進み、県道330号線武雄塩田線の先が武雄神社の境内になります。参道を進み神橋を渡ったところに二ノ鳥居があります。
1672年(寛文12年)、藤原頼続公が建立した鳥居です。二ノ鳥居は肥前鳥居と神明鳥居の折衷型となっています。
二の鳥居Naokijp(CC 表示-継承 4.0 Wikipedia)

三ノ鳥居

三ノ鳥居は本殿手間の階段を登った先にあります。1617年(元和3年)、21代佐賀藩自治領武雄領主であり、武雄鍋島家2代当主の鍋島茂綱(なべしましげつな)公により建立された肥前鳥居型の鳥居です。高さは4.6m、笠木長さは5.1m、柱間は3mです。
三の鳥居Naokijp(CC 表示-継承 4.0 Wikipedia)

心字の池

二の鳥居の手前に心字の池があります。武雄神社の「白鷺伝説」にまつわる、「心」の字の形をした池です。1185年(文治元年)、壇之浦の戦いで苦戦していた源頼朝公が密使を立て、武雄神社に平家追討を祈願したところ、翌春、この心字の池から白鷺が飛び立ち源氏を守護したといわれています。
神橋のかかる池の周囲には桜が多く、春になると美しい光景を楽しめます。また例祭の際には、心身を清める「清祓の儀」が行われています。
心字の池Pekachu(CC 表示-継承 4.0 Wikipedia)

手水舎

境内には手水舎が2か所あります。一ノ手水舎は三ノ鳥居の左手に。二ノ手水舎は、御神木である武雄の大楠をお参りする前に手水を取れるよう、武雄の大楠へ向かうもみじ通りに入る鳥居のすぐ左手にあります。
一の鳥居の手水舎Naokijp(CC 表示-継承 4.0 Wikipedia)

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