有名度
小結武雄神社
たけおじんじゃ
佐賀県武雄市武雄町大字武雄5335
塩釜神社・城山稲荷神社・荒神社・下ノ宮
更新日:2026年1月5日
塩釜神社・城山稲荷神社
本殿に向かって左、小さな鳥居と狛犬に守られた地に、武雄神社の境内社である塩釜神社と城山稲荷神社がともにお祀りされています。武雄神社の境内に鎮座する塩釜神社は、俗に「塩釜さん」と呼ばれ親しまれてきた境内社です。御祭神は武内宿禰で、古くから国土鎮護、航海安全、商売繁昌、延命、安産などの御利益を授ける神として信仰を集めています。
塩釜神社が武雄の地に祀られたのは、第28代佐賀藩自治領武雄領主であり、武雄鍋島家9代当主である鍋島茂義公の時代とされています。武雄神社公式サイトによれば、1837年(天保8年)6月、宮城県塩釜市に鎮座する塩釜神社の総本社から勧請して奉斎したのであろうという説が伝えられています。当時、茂義公は西洋文化の導入に積極的であった一方、その姿勢が「夷狄」として謗られることを憂慮し、国土平定・鎮護を願って塩釜社を勧請したといわれています。
城山稲荷神社もまた、武雄神社の境内に祀られている境内社の一つです。城山とは、武雄神社が鎮座する御船山の別名であり、この名にちなみ城山稲荷神社と称されています。安政5年(1858年)9月に勧請して奉斎したと伝えられ、一説には伏見稲荷大社から勧請したともいわれています。
城山稲荷神社の御祭神は五神で、倉稲魂神、猿田彦命、大宮女命の三神に、摂社として田中大神、四大神の二神を加え、あわせて稲荷五社大明神と称して祀られています。これらの神々は殖産興業の守護神として信仰され、地域の産業や暮らしを支える存在として崇敬されてきました。
Naokijp(CC 表示-継承 4.0 Wikipedia)荒神社
武雄神社の境内に鎮座する荒神社は、俗に「荒神さん」と呼ばれ、古くから地域の人々に親しまれてきた境内社です。荒神社は、火そのものが持つ神聖性と畏れを基盤とし、荒ぶる神の信仰と結びついた民間信仰の神様として崇敬されてきました。荒神社の創建は1816年(文化13年)8月と伝えられています。武雄神社が近世において信仰圏を広げていく過程の中で、境内に奉斎された社であり、人々の生活に密接した信仰を受け止める役割を担ってきました。
荒神は、日本各地で火除けや火防の神、また台所や竈(かまど)を守護する神として信仰されることが多く、武雄神社の荒神社においても、日常生活の安全や家業の無事を祈る人々の厚い信仰を集めています。
境内では、本殿に向かって右手に鎮座しており、本殿参拝の流れの中であわせてお参りしやすい位置にあります。神聖な「火」と畏れの観念、荒ぶる神の力が一体となった荒神信仰を、現在に伝える存在といえるでしょう。
Naokijp(CC 表示-継承 4.0 Wikipedia)下ノ宮
一ノ鳥居からの伸びている流鏑馬馬場の南、県道330号・武雄塩田線の東側に位置しています。御祭神は武内宿禰の子である平群木兎宿禰(へぐりづくすくね)。735(天平7)年、御船山の本宮創建と同じ頃、創建されたと伝えられています。当時は御船山の西北麓の峡に鎮座していました。本宮が現在の地に遷宮された頃、武雄神社の北東に位置する塚崎の大楠の場所に遷され、その後、現在の地に遷宮されたと考えられています。この記事を0人の方がいいねといっています
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