諏訪神社 唐津市 - 神社ファン

有名度

前頭

諏訪神社

すわじんじゃ

佐賀県唐津市浜玉町浜崎1181

佐賀県唐津市浜玉町浜崎1181

拝殿

Hamasaki gion higashi(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 家庭
  • 勝負
諏訪神社には

「仕事系」「家庭系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 家内安全 武運長久

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

諏訪系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

諏訪神社は佐賀県唐津市に鎮座する神社。御祭神は建御名方神、八坂刀売神、諏訪前命の3柱をまつる。
社格は旧村社
諏訪神社の創建は延暦3年(784年)と伝えられる。社伝によれば、玉島の里に聖母大菩薩の社を建立した際、神功皇后ゆかりの地であったことから、朝鮮出兵の軍船を守護したとされる諏訪明神を勧請したという。以来、浜崎の地の鎮守として祭祀が続けられ、祭日は10月27日とされた。
諏訪神社に合祀される諏訪前命には、仁徳天皇の時代にさかのぼる伝承が残る。百済から来朝した誓来が朝廷に鷹を献上した際、大矢田連の娘である諏訪姫がその鷹を託された。諏訪姫は誓来から鷹匠の術を学び、3年の歳月を過ごした。その後、誓来が唐土の浦、現在の浜崎から帰国することとなり、諏訪姫は浜辺まで見送りに赴いた。ところが、その途中で愛鷹が麻や小豆、胡麻の畑の中で蝮に巻かれて命を落とした。諏訪姫はこれを深く悲しみ、自ら命を絶ったと伝えられる。里人は諏訪姫の霊を諏訪前命として祀り、本社に合祀した。
中世には応仁の乱の頃の戦火によって社殿が焼失したと伝えられる。その後、諏訪神社は規模を縮小しながら再建され、地域の信仰を集め続けた。近世になると、豊臣秀吉が文禄・慶長の役に際して名護屋城へ向かう途中、諏訪神社に参拝して戦勝を祈願したという伝承が残る。また、その際に地元の人々が献上した餅菓子が、現在も浜崎周辺の名物として親しまれている「けえらん」の始まりと伝えられている。
諏訪神社の境内に鎮座する須賀神社では、浜崎祇園祭が行われる。祭礼では浜区、東区、西区の3地区が所有する山笠が曳き出され、現在まで受け継がれている。山笠の起源は宝暦3年(1753年)にさかのぼり、網元の中村屋久兵衛が疫病退散と五穀豊穣を願って博多祇園山笠にならった山笠を造ったことに始まると伝えられる。祭礼の日程は昭和60年(1985年)から7月最終土曜日・日曜日となり、平成8年(1996年)からは毎年7月20日・21日に定められた。山笠は高さ約15mに達し、明治42年(1909年)の記録には高さ8間、大正14年(1925年)の新聞には高さ60尺と記されている。
秋季例大祭は11月23日に斎行され、「浜崎くんち」とも呼ばれる。祭礼では獅子舞や稚児行列が町内を巡り、神輿や神職を乗せた台車も繰り出される。氏子7地区が輪番で祭事の運営を担い、地域の伝統行事として今日まで受け継がれている。
  • 村社
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%8F%E8%A8%AA%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%94%90%E6%B4%A5%E5%B8%82)