御祖神社 北九州市小倉北区 - 神社ファン

有名度

前頭

御祖神社

みおやじんじゃ

福岡県北九州市小倉北区妙見町17-2

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福岡県北九州市小倉北区妙見町17-2

拝殿

Ginger55(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

御祖神社以外にも 足立山妙見宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
御祖神社には

「健康系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

健脚健康

御祭神

主神

天之御中主神 あめのみなかぬしのかみ

主神

高皇産霊神 たかみむすひのみこと

主神

神皇産霊神 かみむすひのみこと
鐸石別命 ぬてしわけのみこと
和気清麻呂公命 わけのきよまろこうのみこと

合祀

他合祀二十柱 ほかごうし20はしら

神社系統

この神社の主な系統は

「造化三神系」

です。
他に 「不明(3柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

御祖神社は福岡県北九州市小倉北区に鎮座する神社。御祭神は天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、鐸石別命、和気清麻呂公命、他合祀二十柱をまつる。
社格は旧県社。
御祖神社の由緒は、和気清麻呂に関する伝承に始まる。
神護景雲3年(769年)、和気清麻呂は宇佐神宮で神託を受け、弓削道鏡の皇位継承を否定する神意を朝廷へ伝えた。その後、大隅国へ配流される途中で足を傷めた清麻呂は、宇佐神宮の神託により企救郡石川村の霊泉へ赴き、傷を癒やしたと伝えられる。
清麻呂はその後、足立山に登って北辰尊星妙見に祈願した。宝亀元年(770年)、四男の磐梨妙運によって足立山妙見宮が創建され、宝亀3年(772年)には国司大伴百世の助力により、下宮である足立山平癒寺が建立されたと伝えられている。
弘仁8年(817年)、清麻呂の三男である和気真綱は、宇佐への勅使の帰途に父和気清麻呂と祖先神である鐸石別命を下宮に祀った。仁寿3年(853年)には藤原良房が虚空蔵菩薩、釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来の4体を寄進し、天暦元年(947年)には村上天皇の勅願所となった。
永正17年(1520年)頃には後柏原天皇から「うら菊」の紋を授かったと伝えられる。慶長6年(1601年)、小倉藩主細川忠興は眼病平癒を祈願し、その後、下宮を現在地へ移して鎮祭した。寛政7年(1795年)には、小倉藩主小笠原忠苗が上宮足立山妙見宮へ参拝した際に古鏡9面が出土した。
明治初年の神仏分離により、上宮足立山妙見宮と下宮足立山平癒寺は御祖神社と改称された。現在も足立山妙見宮の名で親しまれている。
境内には神仏習合時代の名残を伝える薬師堂があり、室町時代の作とされる虚空蔵菩薩、釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来などの仏像が安置されている。また、和気清麻呂の伝承にちなむ猪乗り像があり、昭和4年(1929年)に建立された銅像をもとに、昭和28年(1953年)に石像として再建された。
文政10年(1827年)には妙見宮の桜神苑に秋山光彪の歌塚が建立された。この歌塚は現存し、昭和59年(1984年)に北九州市指定文化財となっている。例祭は毎年4月14日と15日に執り行われる。
  • 県社
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出典
公式サイト
http://myouken.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E7%A5%96%E7%A5%9E%E7%A4%BE
福岡県神社庁
https://fukuoka-jinjacho.or.jp/