三島神社 愛媛県四国中央市三島宮川 - 神社ファン

有名度

前頭

三島神社

みしまじんじゃ

愛媛県四国中央市三島宮川一丁目1番53号

愛媛県四国中央市三島宮川一丁目1番53号

鳥居と拝殿

Asturio Cantabrio(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
三島神社には

「仕事系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

諸産業守護 海上安全

御祭神

大山祇神 おほやまつみのかみ
高龗神 たかおかみのかみ
上津比咩神 かみつひめのかみ
下津比咩神 しもつひめのかみ
雷神 いかづちのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

三島・大山祇系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

三島神社は愛媛県四国中央市に鎮座する神社。御祭神は大山祇神、高龗神、上津比咩神、下津比咩神、雷神の5柱をまつる。
社格は旧県社。
三島神社の創建は、養老4年(720年)と伝えられている。奈良時代初期、越智氏一族の越智玉澄は宇摩の大領に任じられ、上柏町御所に新館を構えた。玉澄は大三島の大山祇神社へ毎月参詣していたが、老齢により参籠が難しくなったという。
養老4年(720年)旧8月23日、越智玉澄は大三島宮から神霊を奉遷した。神霊は海路で現在の御旅所へ着き、八網浦三津名崎加茂川上冠岡の地に奉斎されたと伝わる。三島の地名は、この奉斎以後に始まったとされている。
中世以降、三島神社は歴代領主の崇敬を受けた。延徳2年(1490年)には旧本殿が造営された。近世末には瀬戸内一円へ信仰が広がり、中国地方からの参詣もあったと伝えられる。
文化13年(1816年)には神門再建の計画が始まり、文政4年(1821年)8月に随神門が完成した。明治23年(1890年)には社殿が再建され、明治35年(1902年)に現在の本殿が建立されるまで、延徳2年造営と伝わる旧本殿が本殿として用いられていた。
境内には、三島神社旧本殿、三島神社随神門、石灯籠伝福島正則奉献が四国中央市指定文化財として残る。旧本殿は桧皮葺の入母屋造で、三方に廻縁を備え、正面には唐破風付き向拝を付している。随神門は三間一戸の重層門で、もとは本瓦葺だったが、昭和53年(1978年)に銅板葺へ改められた。
境内には、社殿成立以前の古代祭祀遺跡とされる磐座も残されている。磐座は地主神として祀られ、「大石様」と呼ばれている。例祭は毎年10月21日から23日に行われ、神輿や太鼓台が町内を巡行する。5月1日には境内末社である春日神社の例祭も斎行される。
  • 県社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%9B%9B%E5%9B%BD%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%B8%82)