本殿(宝殿)・御祭神・ご利益 | 大山祇神社 - 神社ファン

有名度

関脇

大山祇神社

おおやまづみじんじゃ

愛媛県今治市大三島町宮浦3327

本殿(宝殿)・御祭神・ご利益

更新日:2026年2月17日

室町時代に再建された貴重な社殿

大山祇神社の本殿は、1427年(応永34年)に再建された歴史ある社殿です。三間社流造、檜皮葺きの建築様式で、1904年(明治37年)に国の重要文化財に指定されました。
全体の木割は太く、箱棟鬼板付の二重繁棰による壮麗な姿が特徴です。外部は全て胡粉および丹塗りで仕上げられており、段違いの回縁にはその形状に合わせて曲がった高欄が設けられています。屋根は流造で、前方が長い向拝も特徴のひとつです。
両袖には細緻な意匠の脇障子、中備には蟇股、内陣には妻飾りなど、変化に富んだ手法と優美な特色を伝えています。
本殿
大山祇神社は奈良時代の初めには既に社殿が建っていたと伝わります。伊予の豪族である河野氏が大山積大神を氏神として祀ったとされており、海の守護神として広く崇敬を集めてきました。平安時代末期には社殿が70棟を超えるほどの隆盛を極めたとされていますが、鎌倉時代末期の1322年(元亨2年)、兵火により本殿・拝殿・総門といった主要な建物が焼失しました。
その後、南北朝時代の1378年(天授4年)に再建が始まり、約50年をかけて1427年(応永34年)に現在の本殿が完成しました。墨書銘からもこの再建年が確認されています。

御祭神・ご利益

御祭神は大山積神(おおやまづみのかみ)です。大山積神は日本神話に登場する山の神であり、山岳を司る神として広く信仰されてきました。『古事記』や『日本書紀』によれば、伊弉諾尊・伊弉冊尊の神生みによって誕生した神の一柱とされています。山を司る神であることから、林業や山仕事に関わる人々の守護神として古くから崇敬されてきました。また、航海において目印となる山は海上安全と深く結びつく存在であるため、海の神としての側面もあわせ持つと考えられています。さらに、大山積神は瓊瓊杵尊の妃となった木花之佐久夜毘売の父神です。木花之佐久夜毘売が出産した際には酒を醸して神々にふるまったと伝えられており、造酒の神としての信仰もあります。このように多面的な神格をもつことから、その御神徳は広く、山の神、大海原の神、航海の神、長寿の神、良縁の神、安産の神として崇敬されています。
拝殿からみえる本殿

神体山

大山祇神社の社殿後方からは、鷲ヶ頭山(わしがとうさん)・安神山(あんじんさん)・小見山(おみやま)の三山を望むことができます。大山祇神社古図(国指定重要文化財)によると、これらの山々は、御本社・上津社・下津社それぞれの神体山とされています。
鷲ヶ頭山は大三島の中心にそびえる最高峰で、四国百名山のひとつに数えられています。古くは「神野山」と呼ばれていました。安神山は神社の背後に聳える山で、701年(大宝元年)の遷宮の際、山頂に五龍王が祀られたと伝わり、現在も祠が鎮座しています。なお、毎年1月7日の生土祭に用いる赤土は、この安神山の山麓にて拝戴します。小見山の山名は「お宮の山」が変化したものとされています。
神体山Dokudami(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

大山祇神社の人気記事