神門 | 大山祇神社 - 神社ファン

有名度

関脇

大山祇神社

おおやまづみじんじゃ

愛媛県今治市大三島町宮浦3327

神門

更新日:2026年2月17日

神域を守護する門

神門とは、神社の境内と外界を隔てる門のことで、神域への入口としての役割を持ちます。大山祇神社の神門は、1661年(寛文元年)に松山藩主・松平定長の寄進により建立されました。素木造り、屋根は切妻造の檜皮葺という格式ある建築様式で、350年以上にわたり神域の正門として参拝者を迎えています。
石段下から見上げた随身門
しかし老朽化が進んだため、355年ぶりに建て替えが行われ、2016年(平成28年)12月4日に竣工式が執り行われました。新しい神門には左右に随身像が初めて配され、現在は「随神門」とも呼ばれています。
随身像
随身とはかつて貴人の護衛にあたった武官のことで、弓矢を携え、剣を帯びた姿で表されているのが特徴です。寺院の仁王門に仁王像が安置されるように、随神門では随身像が神域に邪気が入るのを防ぎ、神社を守護しています。
なお、旧神門は2017年(平成29年)に岡山県高梁市川面町の大山祇神社へ移築されました。屋根は銅板葺きに改められ、現在も神門として使われています。
随身門

隼人の舞のブロンズ像

神門を入って左側の北回廊には、「隼人の舞」のブロンズ像が設置されています。2010年(平成22年)11月3日に、今治市の造船会社・今治造船から、海事産業の発展と船舶の安全航海を願って奉納されたものです。
日本芸術院会員で文化勲章受章者の中村晋也氏による作品で、狩衣と鳥兜を身につけ、扇子と鉾を手に隼人の舞を舞う姿を表現しています。台座上部から鉾の先までの高さは、約2.5メートルです。なお、同氏の「隼人の舞」は伊勢神宮にも奉納されています。
隼人の舞像カシ
「隼人舞」は、日本神話の海幸彦・山幸彦の物語に由来するとされる古代芸能です。海幸彦・山幸彦は、御祭神である大山積大神の孫にあたり、大山祇神社とも縁の深い神様です。薩摩の隼人族が大和朝廷に献上したと伝えられ、現在も鹿児島県霧島市の鹿児島神宮に伝承されています。

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