伊藤博文公記念楠樹と社号石 | 大山祇神社 - 神社ファン

有名度

関脇

大山祇神社

おおやまづみじんじゃ

愛媛県今治市大三島町宮浦3327

伊藤博文公記念楠樹と社号石

更新日:2026年3月27日

初代内閣総理大臣が参拝記念に残したもの

1909年(明治42年)3月22日、初代内閣総理大臣・伊藤博文が大山祇神社を参拝しました。伊藤博文は自らを河野氏の末裔と称し、明治初期の公文書には「越智宿禰博文」と署名した例があります。「宿禰」は古代の姓であり、「越智」は伊予国の古代豪族・越智氏を指します。つまり伊藤は、自身の家系を越智氏の流れに連なるものと位置づけていました。
河野氏は越智氏から分かれた中世武家で、伊予国守護を務めた一族です。越智氏・河野氏ともに大山祇神社を氏神として崇敬してきた家柄とされ、伊藤の参拝もこうした系譜意識と無関係ではないと考えられています。
伊藤博文公記念楠樹00340(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
この参拝の記念として、伊藤博文は境内に楠を植樹しました。現在「伊藤博文公記念楠樹」と呼ばれるこの楠は、樹齢100年以上を数え、幹周約1メートルの姿で残っています。
伊藤博文公記念楠樹 案内版
また、境内入口にある二ノ鳥居のそばには、伊藤博文が書いた社号石が立っています。「大日本総鎮守大山祇神社」と刻まれており、明治42年3月の参拝記念として揮毫されたものです。参拝した年の10月、伊藤博文はハルビンで暗殺されました。そのため、ここに残された書は、伊藤博文が公に残した最後のものと言われています。
伊藤博文が書いた社号石

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