嚴島神社 山口県下関市上新地町 - 神社ファン

有名度

前頭

嚴島神社

いつくしまじんじゃ

山口県下関市上新地町一丁目1番11号

山口県下関市上新地町一丁目1番11号

拝殿

Bio06940(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

嚴島神社以外にも 長門国嚴島神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
嚴島神社には

「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

海上安全 交通安全 家内安全 無病息災 商売繁盛 安産祈願 病気平癒 方位災除 学業成就

御祭神

市杵島姫神 いちきしまひめのかみ
田心姫神 たごりひめのかみ
湍津姫神 たぎつひめのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

宗像・厳島系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

嚴島神社は山口県下関市に鎮座する神社。御祭神は市杵島姫神、田心姫神、湍津姫神の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
平家は安芸国の嚴島神社を篤く崇敬し、守護神として祀っていた。安徳天皇の御座船には厳島社の神霊が奉斎されていたと伝えられる。寿永4年(1185年)、壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した際、波打ち際に漂着した御神霊を当地の里人が拾い上げ、現在地に祀ったことが嚴島神社の起こりとされる。文治元年(1185年)には社殿が建立され、その際に改めて安芸厳島神社から御分霊を勧請したとも伝えられている。
その後、元禄17年(1704年)に社殿が再建され、天明7年(1787年)には拝殿の修建が行われた。明治7年(1874年)には近代社格制度における郷社に列している。
幕末の慶応2年(1866年)、高杉晋作は四境戦争に臨むにあたり、嚴島神社で戦勝祈願を行ったと伝えられる。小倉口の戦いの後には、奇兵隊が小倉城から持ち帰った大太鼓が奉納された。奉納された大太鼓は現在も境内に保管されている。
平成4年(1992年)6月17日未明には放火により社殿が全焼した。その後再建事業が進められ、平成13年(2001年)5月に本殿が再建され、平成19年(2007年)4月には拝殿、瑞垣、翼舎の再建が行われた。
  • 郷社
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://itukushima.or.jp
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%B3%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%B8%8B%E9%96%A2%E5%B8%82)
山口県神社庁
http://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/