瀬田八幡宮 - 神社ファン

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瀬田八幡宮

せたはちまんぐう

山口県玖珂郡和木町大字瀬田一番地の九

山口県玖珂郡和木町大字瀬田一番地の九

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
瀬田八幡宮には

「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

家内安全 産業発展 開運厄除 学業成就 交通安全 病災除去 安産 書願成就

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

九瀬田八幡宮は山口県玖珂郡和木町に鎮座する神社。御祭神は仲哀天皇、応神天皇、神宮皇后の3柱をまつる。
社格は旧村社。
往古、神功皇后が三韓出兵の途中、この地に下船して休息したと伝わる。瀬田八幡宮は、その休息地とされるはちまん山に、山城国男山八幡宮、すなわち石清水八幡宮の分霊を勧請して奉斎したことに始まると伝えられている。後年の火災によって古記録が焼失したため、創建年代は明らかではない。
弘治2年(1556年)の「諸神田帳」には、瀬田八幡宮の社領として8斗が記されている。戦国時代にはすでに神社が存在していたことが確認できる。寛永6年(1629年)には、岩国領主吉川広正の代に社殿の再興が命じられた。さらに寛文4年(1664年)には、領主吉川広嘉が神輿1基を奉納している。
延宝5年(1677年)12月21日の夜、社殿は火災によって焼失した。翌年の延宝6年(1678年)7月には再興が行われ、その後、正徳5年(1715年)9月、吉川経永の命により現在の本殿が建立された。明治4年(1871年)には村社に列せられている。
現在の本殿は、山口県指定有形文化財である。正式名称は「瀬田八幡宮本殿1棟 付 棟札1枚」で、平成10年(1998年)4月14日に指定された。建物は前室付き三間社流造りで、向拝1間、銅板葺の構造を持つ。規模は桁行4.06m、梁間3.97mである。
本殿は全体に簡素な意匠でまとめられており、妻飾りには豕叉首が用いられている。細部の絵様彫刻も控えめで、棟札によって正徳5年(1715年)9月建立であることが確認されている。
年間を通じて多くの祭事が行われており、1月1日の元旦祭、1月2日・3日の年賀祭、2月節分の日の節分星祭、3月3日の勧学祭、10月第4日曜日の例大祭・神幸祭、11月15日の七五三祭、11月23日の新穀感謝祭などが続けられている。月次祭は毎月1日と15日に斎行される。
  • 村社
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出典
公式サイト
http://seta-hachiman.com/
山口県神社庁
http://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/