弘住神社 - 神社ファン

有名度

前頭

弘住神社

こうすみじんじゃ

広島県広島市安佐北区口田南二丁目3番3号

広島県広島市安佐北区口田南二丁目3番3号

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 勝負
弘住神社には

「恋愛系」「仕事系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

必勝 交通安全 出世 開運 子孫繁栄 安産 子育て 縁結び 育児 安産 子宝

御祭神

応神天皇(誉田別尊) おうじんてんのう(ほんだわけのみこと)
神功皇后(気長足姫命) じんぐうこうごう(おきながたらしひめのみこと)
玉依媛姫(綿津見神) たまよりひめのみこと(わたつみのかみ)

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

弘住神社は広島県広島市安佐北区に鎮座する神社。御祭神は応神天皇(誉田別尊)、神功皇后(気長足姫命)、玉依媛姫(綿津見神)の3柱をまつる。
弘住神社は、古くは小田之庄八幡宮と称した。後に弘住八幡宮へ改称し、明治6年(1873年)に現在の弘住神社となった。『芸藩通志』には、小田村弘住に鎮座する八幡宮として記され、北ノ庄小田村、矢口村、古市村、中筋村、東野村の5か村の人々が祭祀を行っていたと伝えられている。創建年代については、旧記が兵乱によって失われたため明らかではない。
矢口村には慶長4年(1599年)に勧請された社があったとされるが、矢口村の人々は古くから弘住神社を産土神として崇敬していたという。御幸祭の御旅所は、矢口村新宮社、現在の新宮神社であった。
社殿には近世以降の修復や造営の記録が残されている。神殿には寛文8年(1668年)8月の棟札があり、修復が行われたことが確認できる。幣帛殿には寛政4年(1792年)8月の祝詞文が残り、この時期に造営された。拝殿は元治元年(1864年)に改築造営され、明治36年(1903年)には修復が行われた。
元治元年(1864年)に整えられた社殿は、約120年を経て老朽化が進んだ。都市計画道路の整備に伴い、社務所の移築も行われた。昭和60年(1985年)には、天皇御在位記念事業として本殿、神饌殿、祈祷殿、第二拝殿が改築された。あわせて第一拝殿の屋根葺替、社務所の改築、境内整備も進められ、氏子や崇敬者の浄財によって竣工した。
祭礼は、かつて8月14日と15日に神受祭礼が執り行われていた。現在の例祭は、毎年10月第4土曜日と日曜日に行われている。境内には広島市保存樹林に指定された社叢が残されている。
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://kousumizinzya.com/kousumi/
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/