早稲田神社 広島県 - 神社ファン

有名度

前頭

早稲田神社

わせだじんじゃ

広島県広島市東区牛田早稲田二丁目7番38号

広島県広島市東区牛田早稲田二丁目7番38号

鳥居と階段

Hachigamine (wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 学業
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
  • 勝負
早稲田神社には

「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

武道 家内安全 厄除 交通安全 学業諸芸成就 生業繁昌 安産 子育 婦道

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

早稲田神社は広島県広島市東区に鎮座する神社。御祭神は足仲彦命(帯中津日子)、品陀和気命(応神天皇)、息長帯日売命(神功皇后)の3柱をまつる。
創建については、古文書に文亀3年(1503年)に工事を起こし、数年をかけて平地を小丘へ整え、永正8年(1511年)9月15日に神霊を安置したと記されている。古くは「垚八幡宮」または「垚の宮」と称された。
古老の伝承では、安芸国守護職の武田氏が武田山山上に銀山城を築いた後、牛田の地が城から見て鬼門にあたることから、平安を祈って源氏方の守護神である八幡神を祀ったと伝えられる。見立山には神田神社、早稲田山には早稲田神社が建立されたとされる。
武田氏の時代から、早稲田神社は武道の神として崇敬を受けた。毛利氏も崇敬し、浅野氏が安芸国へ入国した後は、明治維新に至るまで家老が代参し、供貢を奉献した。
社殿は、浅野藩3代藩主・浅野綱長により本殿が改築された。大正4年(1915年)には御即位・御大典記念事業として改築が行われた。昭和20年(1945年)8月6日の原子爆弾により社殿は半壊したが、戦後の混乱期に復旧した。
その後、昭和30年(1955年)12月8日には浮浪者の失火によって社殿が焼失した。これを受けて再建奉讃会が結成され、昭和35年(1960年)に現在の社殿が竣工した。同年には創建450年祭とあわせ、10月15日から17日にかけて奉祝祭が執り行われた。
平成2年(1990年)には御大典記念事業として、社殿と資料館の改築、参道の補修などが実施された。
祭事では、毎月1日の月次祭をはじめ、1月のとんど祭、2月の節分祭、4月の勧学祭と春季例大祭、7月の夏越祭、10月の観月祭と秋季例大祭、12月の除夜祭などが行われる。
境内の石造鳥居は、元文3年(1738年)9月に氏子によって寄進されたもので、高さは一丈二尺と記されている。
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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文化財

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建築

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神紋

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出典
公式サイト
http://wasedajinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A9%E7%A8%B2%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%B8%82)
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/