青江神社 - 神社ファン

有名度

前頭

青江神社

あおえじんじゃ

岡山県倉敷市酒津2119

岡山県倉敷市酒津2119

鳥居

Nesnad(wikipedia CC 表示 4.0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 安全
青江神社には

「健康系」「仕事系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

鍛冶 農耕 港 治水 疫病除け

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「祇園・須佐系」 「金山系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

青江神社は岡山県倉敷市に鎮座する神社。御祭神は五十猛命、素盞嗚命、金山彦神、金山姫神の4柱をまつる。
社格は旧村社。
創立は平安期とされる。五十猛命と素盞嗚命は吉備穴海と高梁川の接点にあたる津の神として伝えられ、金山彦神と金山姫神は鎌倉・室町期に栄えた青江鍛冶に関わる守護神として伝えられている。
平安期、福山山頂には山岳仏教の場とされた福山寺が存在した。福山寺の守護神として東の一王子権現と西の王子権現がそれぞれ建立され、西の王子権現が現在の青江神社にあたる。両社はいずれも五十猛命と素盞嗚命を御祭神とした。
延元元年(1336年)5月、福山夏の役において足利勢が新田勢を破り、この戦いにより社寺は焼失した。後醍醐天皇の建武年間、西郡村福山城主の大江田式部大輔氏経が社領50石を寄進した。大江田氏経は新田勢の主将として兵1500を率い、足利勢と3日間にわたり戦い、最終的に全滅したと伝えられている。
天正6年(1578年)、西郡村高山城主の石川左衛門尉久式が社領20石を寄進した。大正3年(1914年)には、境内摂社であった荒神社と境外摂社であった疫神社が境内神社となり、同年5月には無格社であった金山神社が本殿へ合祀された。
昭和26年(1951年)、境内地の拡張が行われ、社殿は移転されるとともに屋根の葺き替えが実施された。昭和35年(1960年)1月19日には幣殿と拝殿が火災により焼失し、昭和37年(1962年)に本殿の改修が行われるとともに、幣殿および拝殿が再建された。
  • 村社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E6%B1%9F%E7%A5%9E%E7%A4%BE
岡山県神社庁
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/