龍之口八幡宮 - 神社ファン

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龍之口八幡宮

たつのくちはちまんぐう

岡山県岡山市中区祇園996

岡山県岡山市中区祇園996

かんたんご利益

  • 学業
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
  • 勝負
龍之口八幡宮には

「学業・技芸系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

受験 家内安全 厄災消除 武運長久

御祭神

神功皇后 じんぐうこうごう
応神天皇 おうじんてんのう
玉依姫命 たまよりひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

龍之口八幡宮は岡山県岡山市中区に鎮座する神社。御祭神は神功皇后、応神天皇、玉依姫命の3柱をまつる。
社格は旧村社。
勧請の年代は明らかではない。伝承では、孝謙天皇の御代に報恩大師が金山寺と西大寺観音院を開いた際、龍之口八幡宮の霊験を説いたとされる。この伝承では、奈良時代の天平勝宝年間にはすでに社が存在していたとされる。
その後、社は衰退し、一時は廃社同様の状態となった。江戸時代の寛文元年(1661年)、岡山藩主池田光政の崇敬により再興が進められ、湯迫の地に社領15石が寄進された。池田光政は社寺奉行稲川十郎右衛門尉長、普請奉行田口五左衛門一成に命じ、本殿を再興新築させた。この時、「正八幡大神」と称されるようになった。
寛文6年(1666年)、備前国内の神社整理が行われたが、龍之口八幡宮は存続した。正徳年間の整理後も社は維持され、藩主は家臣の日置猪右衛門忠治を代参として参向させた。宝永2年(1705年)には、備前の社務掛である吉備津宮祠官大森筑前守藤原光隆が祈願を行っている。
享保元年(1716年)には社殿の大修理が実施された。天保11年(1840年)には参道の修理が開始され、嘉永元年(1848年)に工事が完了すると、あわせて絵馬堂が寄進された。
明治元年(1868年)には社名を龍之口八幡宮と改めた。明治39年(1906年)には本殿と拝殿などの改築修理が行われ、昭和14年(1939年)4月には社殿全般の整備が竣工した。
現在の社殿は、昭和14年(1939年)4月の整備によるものである。祭礼は、4月4日の春季大祭、5月3日の講社大祭、10月15日の秋季大祭が行われる。神社は標高約200mの龍ノ口山に鎮座し、境内からは岡山市街を望むことができる山上の神社である。
  • 村社
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出典
公式サイト
http://www.tatsunokuchi.net/
岡山県神社庁
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/