若宮八幡神社 和歌山県和歌山市有本 - 神社ファン

有名度

前頭

若宮八幡神社

わかみやはちまんじんじゃ

和歌山県和歌山市有本653番地

和歌山県和歌山市有本653番地

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
若宮八幡神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

応神天皇 おうじんてんのう
仁徳天皇 にんとくてんのう
神功皇后 じんぐうこうごう

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

若宮八幡神社は和歌山県和歌山市に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、仁徳天皇、神功皇后の3柱をまつる。
社格は旧村社。
永享11年(1439年)、鎌倉において永享の乱が起こり、鶴岡八幡宮が焼失した際、別当僧が神体を奉じて当地へ逃れた。神体は播州赤穂を経て紀伊国に至り、菟道村に入ったのち、宇治の郷前島に社殿が造営されて祀られたと伝えられる。これが当社の起源とされる。
嘉吉元年(1441年)の戦乱の際にも神体は保持され、紀伊国内で遷動が続いた。菟道村では地頭のもとにとどまり、氏神のなかった地域に社が建てられ、鶴岡山大道寺と称する別当寺が置かれた。
天正13年(1585年)、豊臣秀吉による紀州攻めの際には、周辺一帯が戦禍を受ける中で、当社は焼失を免れたと記録される。
寛永12年(1635年)に徳川頼宣が和歌山城へ入城し、翌寛永13年(1636年)には現在地である有本栗林の地に社殿が造営され、神体が遷座された。社地は和歌山城の北東に位置していた。
寛永20年(1643年)には再度の造営と遷宮が行われた記録が残り、その後も祭祀は継続された。江戸時代には御供米や祭料が藩から下賜され、社頭の維持が行われた。
明治維新後、別当寺は廃され、神職が置かれた。明治6年(1873年)に村社に列し、明治42年(1909年)以降には周辺の神社が合祀された。明治30年(1897年)には社殿の改築が行われ、その後も大正期から昭和期にかけて屋根の葺替や社殿の修繕が重ねられている。
社宝として備前長船秀光作の太刀が伝来し、至徳4年(1386年)の銘を有する。享保6年(1721年)に徳川吉宗から奉納されたもので、国の重要文化財に指定されている。
例祭は10月15日に行われる。旧来は旧暦8月15日の月見祭として斎行されていたが、明治42年以降に現行の日程へ改められた。
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神社詳細

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出典
公式サイト
http://www.eonet.ne.jp/~wakamiya/
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/