有名度
前頭御霊神社本宮
ごりょうじんじゃほんぐう
奈良県五條市霊安寺町2206-1
奈良県五條市霊安寺町2206-1

Nankou Oronain (as36…(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
御霊神社本宮以外にも 御霊本宮 御霊さん とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 子供
御霊神社本宮には
「子供系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
安産
御祭神
本殿
南脇社殿
北脇社殿
神社系統
この神社の主な系統は
「本宮御霊系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
御霊神社本宮は奈良県五條市に鎮座する神社。御祭神は井上内親王、他戸親王、早良親王の3柱をまつる。
社格は旧県社。
御霊神社本宮の由緒は、井上内親王とその子である他戸親王の悲劇に深く結びついている。井上内親王は聖武天皇の皇女で、白壁王の即位により光仁天皇の皇后となり、他戸親王も皇太子に立てられた。しかし宝亀3年(772年)に廃后となり、翌宝亀4年(773年)には母子ともに大和国宇智郡へ配流され、宝亀6年(775年)4月27日にこの地で没したと伝えられる。
その後、都では天変地異や疫病が相次ぎ、母子の怨霊が恐れられるようになった。宝亀7年(776年)には読経による慰撫が行われ、延暦4年(785年)には早良親王も配流の途上で没している。延暦19年(800年)には葛井王が下向し、井上内親王の復位と早良親王への追称が行われ、霊安寺の建立とあわせて御霊神社の創祀へとつながったとされる。奈良時代から平安初頭にかけての政争と怨霊鎮護の歴史が、この神社の成立背景に重なっている。
中世に入ると、本宮から各地へ宮分けが進み、13世紀にはすでに分祀が広がっていた。これにより御霊神社本宮は、井上内親王らを慰霊する社であると同時に、宇智郡一円における御霊信仰の中心的存在としての性格を強めていった。五條市内に御霊神社が多く分布するのは、この本宮を起点とする歴史的経緯によるものである。
現存する本殿は、正長元年(1428年)の土一揆による焼失後、寛永14年(1637年)に再建されたものである。三間社流造の形式をとり、桃山様式を伝える建築として奈良県指定文化財に指定されている。また、平安時代後期の木造御霊大神坐像も県指定文化財に指定されており、古い信仰の継続を今に伝えている。
祭礼としては、4月第4日曜日の太々神楽祭、10月9日の節句祭、10月第4日曜日の例祭が行われる。秋の例祭では神輿渡御が実施され、五條市内を巡行する。若宮に祀られる火雷大神が本社へ渡る節句祭も、この神社に特徴的な行事として継承されている。
社格は旧県社。
御霊神社本宮の由緒は、井上内親王とその子である他戸親王の悲劇に深く結びついている。井上内親王は聖武天皇の皇女で、白壁王の即位により光仁天皇の皇后となり、他戸親王も皇太子に立てられた。しかし宝亀3年(772年)に廃后となり、翌宝亀4年(773年)には母子ともに大和国宇智郡へ配流され、宝亀6年(775年)4月27日にこの地で没したと伝えられる。
その後、都では天変地異や疫病が相次ぎ、母子の怨霊が恐れられるようになった。宝亀7年(776年)には読経による慰撫が行われ、延暦4年(785年)には早良親王も配流の途上で没している。延暦19年(800年)には葛井王が下向し、井上内親王の復位と早良親王への追称が行われ、霊安寺の建立とあわせて御霊神社の創祀へとつながったとされる。奈良時代から平安初頭にかけての政争と怨霊鎮護の歴史が、この神社の成立背景に重なっている。
中世に入ると、本宮から各地へ宮分けが進み、13世紀にはすでに分祀が広がっていた。これにより御霊神社本宮は、井上内親王らを慰霊する社であると同時に、宇智郡一円における御霊信仰の中心的存在としての性格を強めていった。五條市内に御霊神社が多く分布するのは、この本宮を起点とする歴史的経緯によるものである。
現存する本殿は、正長元年(1428年)の土一揆による焼失後、寛永14年(1637年)に再建されたものである。三間社流造の形式をとり、桃山様式を伝える建築として奈良県指定文化財に指定されている。また、平安時代後期の木造御霊大神坐像も県指定文化財に指定されており、古い信仰の継続を今に伝えている。
祭礼としては、4月第4日曜日の太々神楽祭、10月9日の節句祭、10月第4日曜日の例祭が行われる。秋の例祭では神輿渡御が実施され、五條市内を巡行する。若宮に祀られる火雷大神が本社へ渡る節句祭も、この神社に特徴的な行事として継承されている。
スポンサーリンク
神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
本殿 三間社流造(桃山様式)
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://goryojinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E9%9C%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%BA%94%E6%A2%9D%E5%B8%82%E9%9C%8A%E5%AE%89%E5%AF%BA%E7%94%BA)
奈良県神社庁
https://www.naraken-jinjacho.jp/
http://goryojinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E9%9C%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%BA%94%E6%A2%9D%E5%B8%82%E9%9C%8A%E5%AE%89%E5%AF%BA%E7%94%BA)
奈良県神社庁
https://www.naraken-jinjacho.jp/
