社号標・大鳥居 | 石上神宮 - 神社ファン

有名度

関脇

石上神宮

いそのかみじんぐう

奈良県天理市布留町384

社号標・大鳥居

更新日:2026年5月28日

社号標

石上神宮の社号標は、県道51号線沿いと大鳥居前の2か所に建てられています。
県道51号線沿いの社号標には、「官幣大社 石上神宮」と刻まれています。『古事記』『日本書紀』には「石上神宮」と記されていましたが、明治時代には「石上神社」と称されることが一般的になっていました。この社号標は、1883年(明治16)に正式名称が「石上神宮」の神宮号へ復したことを記念して建立されたものです。碑に刻まれた文字は、1876年(明治9)に石上神宮の少宮司となった富岡百錬(富岡鉄斎)によるものとして知られています。
石上神宮 県道沿いの社号標
一方、大鳥居前の社号標は、1928年(昭和3)の昭和天皇即位礼・大嘗祭奉祝を記念して建立されました。裏面には「昭和参年拾壹月建之」の文字が刻まれています。参道入口に立つこの社号標は、石上神宮の象徴的存在のひとつであり、大鳥居とともに神域への入口を印象づけています。
石上神宮 大鳥居前の社号標
特に注目されるのは、富岡鉄斎ゆかりの文字が用いられている点です。石上神宮境内には、同じく鉄斎筆による「諸霊招魂碑」も残されており、近代文化人と石上神宮との深い関わりを今に伝えています。
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大鳥居

石上神宮の大鳥居は、1928年(昭和3)、昭和天皇御大典を記念して建立された木造鳥居です。高さ約7m、笠木の長さ約10m、柱の直径約76cmにも及ぶ大規模な鳥居で、石上神宮を象徴する存在として知られています。2011年(平成23)の調査では老朽化が確認され、いったん解体された後、柱や貫などの部材を取り替える修理が行われ、再び建立されました。
石上神宮 大鳥居
大鳥居を見上げると、中央の扁額には「布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)」の文字が掲げられています。一般的な神社では「○○神社」や「○○神宮」といった社号が記されることが多いため、御祭神名そのものが掲げられている点は、石上神宮ならではの特徴です。
「布都御魂大神」とは、石上神宮の主祭神であり、神剣・布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)を神格化した神様です。「布都(ふつ)」とは、剣を振る際の「ふっ」という音や、鋭く物を断ち切る様子を表す言葉だといわれています。その名の通り、布都御魂剣は邪を断ち、災いを祓い、道を切り開く霊力を持つ神剣として古くから信仰されてきました。
石上神宮 大鳥居の扁額
この剣には、日本神話にまつわる伝承が残されています。初代天皇とされる神武天皇が東国へ進み国づくりを進めていた際、敵の力によって軍勢もろとも倒れ、身動きが取れなくなってしまいました。その様子を見た天の神々は、一振りの剣を授けます。すると神武天皇は再び力を取り戻し、軍勢も息を吹き返したと伝えられています。この神剣こそが布都御魂剣です。
神武天皇は剣の力に深く感謝し、長く宮中で祀った後、石上の地へ移して神として祀ったと伝えられています。それが石上神宮の起源とされており、石上神宮は“神剣そのもの”を祀る特別な神社として知られています。
巨大な木造鳥居の中央に掲げられた「布都御魂大神」の扁額は、石上神宮の信仰の本質を今に伝える存在です。参拝者は鳥居をくぐることで、単に神社へ入るのではなく、布都御魂大神の神域へ足を踏み入れているのです。

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